SF游歩道

語ろう、感電するほどのSFを!

読書録抜粋8

学部入学以降付けている読書録からの抜粋その8。すべてノートに万年筆で一発書きなので文章はところどころで破綻しているが、それも当時の味ということで。コメントは現在のもの。

 

2018.1.6 サム・J・ルンドヴァル『2018年キング・コング・ブルース』サンリオSF文庫

新年最初の本は今年2018年が舞台のこの本。ディストピアものであるが、『1984年』や『華氏451度』に比べると完成度は低い。それに加えて誤植誤訳のオンパレード。この作品による未来予測は非常に陰鬱だが、それが現実となった今日では、あまり悪いように進んでいない気がする。途中、日本の(某カルト)が登場して水爆を大量保有して武装してるとかいう記述があって面白かった。スウェーデンでも有名なんだろうか。

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サンリオ編集部曰く、『1984年』や『時計仕掛けのオレンジ』の担った文学的役割を今日果たすであろうという一冊。まあ内容はひどく、そんな大役を担えなかったことはご存知の通り。

サンリオSF文庫が読みにくいのは、訳文やそもそもの原文の不味さもあるだろうが、それと同じくらい活字の小ささも原因にあると思う。同時代の他の文庫本と比べてもひと回り小さく、バスや電車の中で読もうとすると変色した紙面に活字が紛れて全く読めない。

 

2018.1.8 フレドリック・ブラウン『さあ、気ちがいになりなさい』ハヤカワ文庫JA

今年の新歓用にこの本から何編か選んでやろうということで。結果、どの短編も切れずに困っている。特筆すべきは星新一訳ということで、ブラウンをやるにしてもここで新入生の心を掴んでおきたいところ。60~70年前の作品とは思えないし、どれをやってもうけるとは思う。「ぶっそうなやつら」「電獣ヴァヴェリ」「不死鳥への手紙」「沈黙と叫び」「さあ、気ちがいになりなさい」が候補。「ぶっそうなやつら」は筒井風ドタバタのお手本のような作品。「電獣ヴァヴェリ」は叙情的。電子機器の溢れるいまだからこそとう側面もある。「不死鳥への手紙」は思弁的。常識に非常識をぶつける、星的かも。「沈黙と叫び」はオチが秀逸。素晴らしい。

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久しぶりに読み切ったブラウンの短編集。こうやって結構綿密に準備を進めていたが、結局新歓の読書会には新入生が来たような来なかったような。

この本、カバーがカッコよくてかなり気に入っている。こういうスタイリッシュなカバーの短編集がもっと出てくれると嬉しいが、キャラ絵で売り上げを確保しようという意図も理解出来るので難しい。そもそも俺のような人間はどんなカバーであろうと中身が良ければどうせ買うはずなので、間口を広げる戦略をとるべきだとも思う。

 

2018.3.13 ケン・リュウ編『折りたたみ北京』新☆ハヤカワ・SF・シリーズ

いい。非常にいい。後世名アンソロジーとして語られるであろう本になるだろう。「円」は英語の時点で読んでいたが、日本語として改めて読んで本当に面白かった。既訳の「麗江の魚」「折りたたみ北京」も、人名が漢字表記に改められていたり、細部が改訳されていたり、SFM掲載時より読みやすくなっていてよかった。そして冒頭のケン・リュウ「中国の夢」が非常に親切。中国SFをまとめて一口に断じることの危険性、そして評論に含まれる普遍的な願望の投影を戒める指針となる。最後のエッセイ群も、もしかしたら作品よりも楽しめたかもしれない。SFファン、SF作家は国境を超えても似たもの同士なのだなと安心した。彼らも同じ人間だ。

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今振り返ってみると、ケン・リュウは『三体』がビジネス書的に使われるだろうことを予期してこのような本の構成にしていたのかもしれないと思う。まあ売れれば正義であり、読まれなければどうしようもないので、どんな売れ方であろうが別にどうでもいい。

そして「円」。これに英語で出会えたのは非常に大きかった。この作品を読み、未知なる中国SFにこれレベルの作品がゴロゴロ転がっているかもしれないと希望を持って中国SFに足を踏み出すことになった。結局、この「円」を超えるような作品には出会えていないような気がするが、この出会いがなければ今の自分はなく、非常に思い入れのある作品。

現在は銀背から文庫落ちして、ハヤカワ文庫SFに収録されている。

 

2018.4.12 『スタートボタンを押してください』創元SF文庫

最後のケン・リュウ「時計仕掛けの兵隊」が反則。これ以外のゲームSFを全部土台にして、自分の土俵で相撲取ってるんだからひでえもん。ゲームを小説に落とし込み、ゲームであることに意味を持たせているのはケン・リュウだけ。ゲームでしか語れないこの遠回しさが小説であることに味わいを与え、そして2回以上読み直させる誘導機構になっているのが本当に上手い。直近2冊でケン・リュウの評価が鰻登り。そして気づかなかったが、表紙のJKのパンツが見えてる。いかがなものか。

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表紙のパンツ問題、後々炎上しててまあそうなるよなと思った。内容がいいだけに(リュウの短編が強すぎるが)、本質じゃないところで燃えててかわいそう。

リュウの「時計仕掛けの兵隊」は本当におすすめ。本書はゲームSFアンソロジーという触れ込みなのだが、この作品だけがゲームと小説という二つのメディアの特性を融合させて文芸表現としてもSFとしても物語としても素晴らしい出来栄え。大トリを務める作品なので、順番に読んでいって最後のお楽しみにするのがいいと思う。

リュウは、短編を書くとき、推敲なしで頭から書いていってそのまま書き上げるらしい。それで「時計仕掛けの兵隊」のような超絶技巧が出来るというのなら、マジで何者なんだという感じがする。エモを書くのが上手い作家なので、もし本当に推敲なしでやっているならば、きちんと推敲した場合はどれほどになるのだろうかと思う。推敲したら駄目なタイプという可能性もあるが、そこら辺を試す意味でも、完全オリジナルの長編*1を1本読んでみたいもの。

この時期でゲームSFといえば『ゲーム・ウォーズ』のアーネスト・クラインがいるが、この人は短編を落としたらしく収録されなかった。なにしてんだか。

*1:一応『蒲公英王朝記』という長編があるが、これは楚漢戦争を下敷きにしたものなので筋書き面での面白さは担保されている。