SF游歩道

語ろう、感電するほどのSFを!

読書録抜粋3

学部入学以降付けている読書録からの抜粋その3。すべてノートに万年筆で一発書きなので文章はところどころで破綻しているが、それも当時の味ということで。コメントは現在のもの。

 

2017.5.19 フィリップ・K・ディック『火星のタイム・スリップ』ハヤカワ文庫SF

来週の新歓の課題本。担当なので読み直し。ディックによくある、ラリって訳のわからなくなる展開があまりないので、長編の中では比較的入門的な立ち位置になると思って選んだ。自閉症は時間感覚が歪み、自身の死に様を見るため閉じこもるという。精神疾患を一種の超能力ととらえ、超能力に対する苦悩や、分裂症の再発に怯える様子が、実際に正気と狂気の間にあったディックによって描かれているのが面白い。登場人物は殆ど全員明確な役割を与えられて話に絡んでおり、話の本筋も中弛みなく、横道に逸れることもなく、それでいてディック的であり、秀逸なのではないか。

コメント

ここに書かれている通り、ディック長篇ではこれがなかなかのお気に入り。当時の部会では、ちょうど教育心理学を履修して精神疾患について集中して学んでいたこともあって、かなり熱の入った解説を書いた記憶がある。懐かしい。

記述によれば、この前後はギブスン『ニューロマンサー』、ヤング『たんぽぽ娘』、漱石夢十夜 他二篇』、芥川『河童 他二篇』。当時、直近で読んだ本の話をしたところ、胸焼けしそうなラインナップだと言われた記憶がある。

 

2017.5.24 ケン・リュウ『紙の動物園』ハヤカワ文庫SF

たった1冊だけ読んで断ずるのも難だが、作者は“アメリカナイズされた、アメリカ受けする中国系アメリカ人”という印象が根強い。中国風味・アジア風味・中国共産党批判と、いかにもアメリカで受けそうなものばかりで、中国に詳しいアメリカ人という第一印象が拭えない。政治的な要素のある短篇や差別描写のある短篇に心から没入することが出来なくて残念だった。作品としては表題作「紙の動物園」「結縄」「文字占い師」が良かった。前半では悪く言ったが、これらは決してアジア人以外に書けるものではないだろう。日頃漢字に親しんできた人々によって、表意文字である漢字の長所がよく活かされた作品群であると言える。

コメント

銀背の方ではなく、分冊になった青背の方の1冊目。

この本の評を抜粋したのは、ケン・リュウをリアルタイムで読んだ人間の反応を保存する史料保存という目的がある。ケン・リュウの作品は、手放しの絶賛を受けていたわけではない。

 

2017.5.29 テッド・チャンあなたの人生の物語』ハヤカワ文庫SF

表意文字を尊ぶリュウを読んだのでチャン。まず「バビロンの塔」、これがそもそも面白い。情景描写もいいし、車夫たちのジョークも実際にありそうな感じで、細部が行き届いているのがいい。「七十二文字」もいい。スチームパンク、言語SF。いい。「あなたの人生の物語」は無論。自然科学、社会科学、人文科学、全てを投入するSF。これはいつ読んでもいい。いつか原語ですらすら読みたい。上の人間は全員原著を褒めちぎっていたが、俺に原文で読めるだろうか。やはり、リュウよりこちらの方が科学的というか根拠があるように思え、宙ぶらりん感がない。

コメント

ケン・リュウが中国賛美寄りの作家ということで、反対の立場のチャンで中和しようとしたのだと考えられる。中国賛美/批判で態度が二分されるのは華人の知識人にはよくあることではあるのだが、ここまではっきりと現れてくるのは本当に面白い。

「バビロンの塔」については、建築ものが好きということに集約されるだろう。ああいうタイプのソフトSF/ファンタジーに弱い。「七十二文字」は言葉で全てを操るというのがいい。プログラミングも呪文も、言葉で何かを操るというのは同じ。そして「あなたの人生の物語」は語らずともいいレベルの名作。結局、ここから1年も経たないうちに原書を読み通すことになり、その後もチャン作品は全て英語で読み切ることになった。チャンの英語はSFとしてはかなり読みやすい部類なので、英語の勉強にもなっていいと思う。

 

2017.5.29 ケン・リュウもののあはれ』ハヤカワ文庫SF

前のやつより遥かに印象がよかった。こちらはアジア性や中国風味が抑えられている印象。「もののあはれ」の自己犠牲精神は表面的なアメリカ受けしそうなアジア性とは異なっているように思える。「良い狩りを」のアジアンカオスとスチームパンクも非常によかった。「潮汐」「選抜宇宙種族の本づくり習性」も良く、明らかに政治性や差別の問題を脱色したという意図があるように思う。

コメント

元々娯楽においてまで現実の話を持ち込まれるのが好きな方ではないという事もあるが、今でも自分の評価は『紙の動物園』より『もののあはれ』の方が高い。「紙の動物園」があそこまで高く評価されていることに、いまだに納得がいってない。面白いことは面白いと思うけど、過熱しすぎではないかなと思う。

ケン・リュウの短編集では後程言及される『天球の音楽』が一番好きなので、リュウに関してはその際に改めて。