星新一公式サイトに記載されていない星新一の著作物を多数発見したので、その一部を第1報としてまとめる。
エッセイ「孤島論の一端」
書誌情報
孤島論の一端, 数学セミナー, 2(9), 39, 1963
概要
“広い海の小さな島、ヤシの木、およびここに漂流してきた人物とで構成された漫画”についてのごく短いエッセイ。のちに『進化した猿たち』に収録される「無数の孤島」の原型か。
座談会「怒れ!電子計算機」
書誌情報
怒れ!電子計算機, 数学セミナー, 2(1), 8-15, 1963
概要
物理学者高橋秀俊*1、映画監督円谷英二、作家星新一、漫画家真鍋博、数学者米田信夫*2の5人による、電子計算機をテーマにした座談会。
内容紹介
「電子計算機と話せるか」や「どこまで人間に近づくか」など、大変今っぽい話題が多く特に面白かったので、その一部を以下で紹介したい。
まずは機械翻訳について。
円谷:今度アメリカへいきましてね。ところが言葉が通じないから、目を光らすだけなんですが、電子計算機か何かを使ってむこうが英語でしゃべったのが、すぐ日本語になって聞えれば便利だと思ったんですよ。
高橋:できるとしても相当さきの話でしょうね。言葉というのはずいぶんむずかしいものですし、われわれはちゃんと字で書いたとおり発音してないんです。英語なんかはなおのことですし、日本語だって決して字で書いたとおり発音してないですからね。イとかロとか、はっきりいえばそれが字になるという程度の機械なら今でもできるのですけれども。
この座談会は1963年のものなので、今はちょうど60年後にあたる。ここで語られている、“相当さき”の未来にいるということが不思議に思われる。
そして最も興味深いのが以下の議論。
星:人間の脳と電子計算機の根本的な違いといったら、どこでしょうか。
米田:人間の脳は発達しうるということかな。
星:電子計算機というのは、結局根本の公式をつくって入れてやらなければならないけれども、人間の脳はデータが蓄積していって、公式はあとまわしということがいえますか。
米田:けれども本質的なところでは、たとえば人間の脳には初めから本能みたいなものがある。それだけを計算機に教えておく。あとは、計算機にやり方を教えるのじゃなくて、いろいろ経験させると、だんだん計算機がいいことをやるようになる。そういうことは計算機にもやらせることができるわけです。ただ本能をどうやって入れるかということが問題ですけれどもね。
星:電子計算機も、だんだん発達してくると、脳に近く、有機化学的なものになる可能性はないですか。
高橋:そういう可能性もあるでしょうね。
米田:配線なんかは、何もしないでただ適当な材料を、おいとくだけで、それに刺激を与えているうちに、だんだん適当な配線ができていくということはあるでしょうね。素材は有機化学的なものじゃないかもしれないけれども、そういう可能性があるわけです。
この星と米田の議論は、ここ数年で飛躍的に発展した機械学習や深層学習の本質をついている様に見える。星は自身の学問的背景からかやや有機的構造の可能性に関心が傾いているが、米田の発言は実に本質的。
とはいえ星も外しているわけではなく、脳そのものをハードウェア的に再現するのか、脳の神経構造をソフトウェア的に模倣するのかという細部が異なる程度で、脳を模倣するというこの後辿った計算機の正しい発展の方向に言及している。
この後、米田は(計算機について)“人間が使える限りは、人間に近いものをつくることは必要でない”とも言っており、この発言も興味深い。
また、計算機による絵の生成についても語られる。
星:ところで、電子計算機では絵はかけないでしょうね。
真鍋:全部パターンに分解してやればできるんじゃないですか。失敗はしないし、可能性はあるでしょう。その機械が20億円の機械か3千万円の機械かで画風がちがうなんてね。
高橋:ディズニーの漫画なんかたいへんな労力がいるでしょう。ああいうのは今に計算機でできるようになると思うんですがね。
真鍋:ディズニー・プロではもうできかかっているんじゃないですか。
円谷:ゼロックスというやつなんですよ。絵をかく人が原画からかきおこすでしょう。あれがゼロックスのためにいらなくなった。原画がそのまま謄写できるんです。あれは150人か200人の人がかいていたんですね。その人たちが失業したわけです。
高橋:絵のいくつかの特徴、たとえば手と足を動かすときは、どこをどういうふうに変えればいいというような法則を与えれば、計算機がみんな計算してつくることができるはずですからね。
この場で唯一画業を生業とする真鍋が真っ先に肯定的な返答をしているのが印象的。円谷も、少なくとも否定的ではないようだ。
機械による絵の生成という観点でコピー機が持ち出されるのは、現代の視点からするとかなり奇妙に感じられる。生成AIも道具として手足のように扱われるようになれば、(データセットに関する法的な問題はおくとして)たいして気にならなくなるのだろうか。
以上、60年前の超一流の人物による、計算機に関する真面目かつ突飛な、興味深い文献を紹介した。
補記
本調査には国立国会図書館デジタルコレクションを用いた。
国立国会図書館デジタルコレクションでは、2022年12月のリニューアルによって全文検索の対象となる資料が大幅に増加した[3]。本調査で発見した資料はいずれもこのリニューアルで全文検索の対象となった資料である。
参考文献
[1] 星新一, 孤島論の一端, 数学セミナー, 2(9), 39, 1963,
https://doi.org/10.11501/2378849
[2] 高橋秀俊 他, 怒れ!電子計算機, 数学セミナー, 2(1), 8-15, 1963,
https://doi.org/10.11501/2378841
[3] 国立国会図書館プレスリリース, 2022