SF游歩道

語ろう、感電するほどのSFを!

読書録抜粋9

学部入学以降付けている読書録からの抜粋その9。すべてノートに万年筆で一発書きなので文章はところどころで破綻しているが、それも当時の味ということで。コメントは現在のもの。

 

2018.4.30 マイクル・コーニイ『ハローサマー、グッドバイ』河出文庫

「SF史上有数の大どんでん返し」というのは伊達ではなかった。全く気付かなかった。青春恋愛SFの傑作というのは、まさにその通り。結構長い物語だったが、ストーリーテリングで全く気にならなかった。去年の夏に読もうと思って買った本だったが、結局作中で季節が巡るので、この時期でも全く問題はないか。世界観は重厚だが、しかもそれを感じさせずに文中できちんと説明出来ているのはよかった。続編の『パラークシの記憶』も気になる。『ブロントメク!』も完成度が高いらしい。

コメント

コーニイ作品に出てくる女の子の扱いは決まって悪いのだが、そもそもコーニイ作品は主人公である屈折した少年の一人称で語られており、扱いの悪さは意図的なもので、作品の重要な構成要素となっている。

『ハローサマー』自体も面白いし、読み終えたらSFミステリの傑作『パラークシの記憶』も読めるのでこっちもぜひ。

 

2018.6.30 ハーラン・エリスン『死の鳥』ハヤカワ文庫SF

一昨日エリスンが死んだことを知った。この6月中にエリスンの作品集3冊を読み切ることが出来たが、存命中に読み切ることは叶わなかった。個人的な好みは「死の鳥」ではなく「『悔い改めよ、ハーレクイン!』とチクタクマンは言った」。物語の大筋を示し、中途から語り、最後に発端を示すという特異な描き方でありながら、正にエリスンらしい怒りに溢れた作品。他には「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」もよかった。エリスンだけでなく、オールディス、ル゠グィン、ドゾアとレジェンドがバタバタ死んで、時代の変わり目というものはあるのだなと思った。

コメント

エリスンが死んだ直後の文章。この6月をエリスン強化月間にしてニューウェーヴを読み深めたいと思っていたところでの死去だったので、強く印象に残っている。日付の間隔が空いているところを見ると、忙しいのと読みづらいのとでかなり時間を食っていたらしい。

 

2018.7.24 広瀬正『マイナス・ゼロ』集英社文庫

前々から勧められてようやく。勧められていたのも納得。非常に面白かった。今となっては話の展開は予想しやすいが、この物語の魅力は話の展開にあるのではないと思う。昭和一桁期の詳細極まる東京の描写、これこそが魅力だろう。物語の途中、日中戦争から太平洋戦争の12年間もの兵役が詳細を省いて空白の期間として語られるのが非常に印象強く残った。広瀬正が兵役を経験していないというのもあるだろうが、やはりあれは「無意味だった」ということを示しているのではないかと思う。夏が近づくと戦争を考えてしまうのもこの傾向に拍車をかけている気がする。

コメント

SFとしてはやはり古めかしさを感じる。しかし、言及のある通り、昭和最初期の東京の描写こそが本作の真の魅力となりつつあると感じる。ここまで街並みを詳細に描くのは、当時そこで生きていなければ無理というものだろう。筒井康隆が、昭和一桁代の浅草の演劇に触れられた人間とは隔絶の感がある、と評していたのを思い出す。

近年では、コンテンツの耐用年数が話題に上がっているのをよく見聞きする。時代性を廃して普遍性を獲得しようという戦略もあれば、時代性を押し出すことで普遍性を獲得する戦略もある。時代性を除こうとしても無意識的なものまでは排除しきれないことも考えられ、これら二つの戦略はどちらも賭けだと言える。筒井康隆の作品群のように、極端な時代性ゆえにかえって人間の愚かさを徹底的に描いてしまい、結果何度も呼び起こされるという珍事が起こったりもする。

ともかく、本作に現代的なSFの魅力を求めるのは厳しいものの、昭和初期の描写を楽しみに読むことが出来るので、その方面で楽しむのをすすめたい。夏休みあたりに読むのが風流。

 

2018.8.19 川端康成眠れる美女新潮文庫

筒井の絶賛していた「片腕」はもちろん良かったが、他2作「眠れる美女」「散りぬるを」も素晴らしかった。どれかひとつを選べと言われたら「片腕」に軍配が上がる。「片腕」はシュールレアリスムと日本の美、新感覚派の技法とエロティシズムが高度に融合し、これまでに読んだことのない心地がした。何より素晴らしいのが、解説を三島由紀夫が書いている点。三島は論理的かつ正確に、しかも格調高く表す。川端の唯一無二の名作を三島が精確に解説する。夢のような文章。「眠れる美女」は眠っており自発的な言動が何ひとつ出来ない女を六人も書き分ける技量と、退廃的空気がいい。このような明確な筋のない小説は苦手だったが、かなり克服出来たように思う。「散りぬるを」は私小説だろうか。小説家の性を問う川端の姿勢が苦しい。小説家とは、ここまで自分を問うものなのだろうか。自己を否定しようとしても、小説に自己が写し取られる。小説家とは、なんと苦しい生き方だろうか。

コメント

流石、としか言いようのない一冊。川端ならこれが一番読みやすく、面白いだろう。前々から文庫解説や訳者あとがきのような、文庫巻末に置かれた作品解題に惹かれてたのが、この辺りで明確に解題への関心が固まったように思う。

この本に関しては筒井康隆が『読書の極意と掟』で書いていることがそのまま自分の意見になるので、これ以上書くことはない。

 

2018.8.20 伴名練『少女禁区』角川ホラー文庫

前々から読みたいと思っていたところ、池袋のブックオフで初版帯付きを百円で拾った。物語単体としては少し物足りなさはあるような気はするが、ストーリーテリングが秀逸。他の作品を早く読みたい。集めなければいけない本に同人誌が多く気が滅入るが、創元の年刊SF傑作選に入っているのも多いらしいので、そっちからが無難か。筆名はアレントのもじり?

コメント

『少女禁区』発掘はこの頃らしい。また、筆名はアレントのもじりではないらしい。今読み返すと、「Chocolate blood, biscuit hearts.」が動画配信の広まりと共に現代性を帯びてきて面白く感じる。2作のうちではこっちの方が好み。

改めて読み返すと、「少女禁区」は賞レース特攻みたいな小説のような気がする。文章を破綻なく書けることを示し、キャラ(人間)を書けることを示し、物語が書けることを示し、最後に気の利いたオチも書けることを示す、といったような。物語自体に目立った新規性はないが、しっかりと一本書き切ることが出来ると示すのが本作の目的であろうから問題はない。逆に、この本が復刊されないのは特に見られるべき作品ではないと自ら判断しているということか。

そしてこの作品を百円で拾えたことの豪運よ。当時はまだ知名度が低かったとはいえ、美品を初版帯付きで買えた上に、この後も2, 3回百円で見かけて回収した。自分以外にも東京の古書店で複数回回収していた人間がいるので、東京では結構流通していたようだ(仙台で見つけた記憶はない)。この本を見つけた池袋のサンシャインの方のブックオフは、石黒達昌作品を100円で拾いまくった新宿のブックオフと並んで自分の中で思い出深い場所となっている。今はどうなっているんだろうか。