SF游歩道

語ろう、感電するほどのSFを!

プロフィール

自己紹介

下村思游(しもむら しゆう)

SFレビュアー。

東北大学SF研究会元会長。東北大学理学部物理学科卒。東北大学大学院理学研究科物理学専攻博士前期課程在籍。

SFファン歴はたぶん10年以上。最初に読んだSFは星新一のショート・ショート集『ボッコちゃん』。

1300冊を超える蔵書とともに日々の生活を過ごしている。

専門は素粒子物理学(高エネルギー物理学)、加速器科学、機械学習、教育学、日本SF御三家(特に最初期筒井康隆、最初期星新一)、円城塔、中国SF・中華SF。

使用言語は得意な順に日本語、英語(通訳は不可)、中文(読むことのみ)、独語。

中華SFの翻訳・紹介をはじめたほか、英語圏のSF短篇の翻訳にも挑戦中。

 

過去の仕事

書評

陳楸帆『荒潮』、SFマガジン2020年4月号

 

好きな作家

星新一筒井康隆小松左京伊藤計劃円城塔、伴名練、草野原々、小川哲

レイ・ブラッドベリフレドリック・ブラウンテッド・チャングレッグ・イーガンホルヘ・ルイス・ボルヘス、劉慈欣、ケン・リュウ

 

各種連絡先

メールアドレス shiyuu.shimomura_at_gmail.com

Twitter @ss_scifi (下村思游)

御用命はメールにて承ります。

量子力学の原理と不確定性関係について、ついでに量子力学風SFも少々

今回は珍しく物理学の話題。まず量子力学の基本原理を提示した上で、それらの原理から不確定性関係(いわゆる不確定性原理)を導出し、不確定性関係が量子力学の根幹を成す原理ではないことを示す。あとついでに量子力学っぽいSFのどこが物理学的に間違っているかを指摘する。

あらかじめ、この記事は様々な厳密性を大変に欠いていることを明示しておく。以下、私のノートを元に記述する。

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SF遍歴、そしてSFファンとしての世代間隔絶

去年から積極的にSFイベントに顔を出すようになって、SFファンとしての世代の差というものをしかと実感するようになったので、私が楽しんできたSFを順番になぞっていってひとつ文章にまとめてみようと思う。

この文章を通して読めば分かる通り、私のSF遍歴は極めて特殊なものではあるのだが、それでも面白い発見が得られるようなものになっていると思う。(そもそも、私の世代で積極的に発信している人間が非常に少ないのだから)

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漏水被害記録

細かいことまで書いていくつもりなので、いつもの簡潔さはない。

 

2020年3月28日19時ごろ、帰省・研究出張で合わせて3週間ぶりに仙台の部屋に帰ってきたら、部屋が水浸しになっていた。

玄関開けてすぐのキッチンの床一面に水が溢れていた。以前、キッチンの水盤と配管の継ぎ目のパッキンが劣化していたことを原因とする軽い漏水の被害に遭っていたので、またそれかと思ってキッチン下の収納を開けて確認したが、どうにも違うようだった。

収納の扉を閉めて顔を上げる途中で、顔のすぐ脇の壁が膨らんでいるのに気づいた。そのまま目線を上げると、キッチン横のトイレの外側の壁紙がボコボコに膨らんでいた。そして、天井から滴ってきた水が眼鏡に当たった。

戸を開けた先の、居室の方がより酷かった。部屋の中ほどまで水が広がっていて、天井や壁から絶えず水が滴り落ちてくる。とりあえず部屋に入って、緊急連絡先と貴重品をまとめて持ち出して、上階の住人(空室だった)に水を止めるよう伝えてのち、(大学生協の管理物件だったので)生協と実家と友人に立て続けに電話をかけた。ここまで5分ほど。

 

30分で生協の方がまず来て、とにかく原因を突き止めて水を止めることに。そうこうしているうちに友人が車を出してくれて、私のもっている重要な文献をまとめて救出。

その後も生協の方が次々にやって来て、最終的には自分含め6、7人で3時間以上かかって荷物の運び出しが終了。出した荷物は同じ建物の別の部屋に仮置きすることになり、1350冊以上の蔵書と生活用品、そして研究で使っていた膨大な数の論文が混在する魔窟が無事誕生。

 

このとき、被害はSFMが4冊だけ、と言ったが、それは部屋の表に出ていた本の被害だけで、実際にはもっと深刻だった。一番被害が大きかったのは段ボールに入れて押し入れにしまっていた本。押入れの壁面と床面を伝って水が回って来ていたらしく、それらの本の半分ほどを廃棄。幸い、重要度の低い本をしまっていたのであまり痛手ではなかった。

絶版本で廃棄したのは、河出の奇想コレクションの一冊、マーゴ・ラナガン『ブラック・ジュース』だけ。これならまた買い直せばいい。

家財ではプリンタと炊飯器が水没し廃棄。

天井からの漏水にもかかわらず、ここまで被害が少なかったのは運が良かった。それに加えて、床には本を置かないことを徹底していたのが良かったのだろうと思う。

 

今回の漏水には一切責任がなく、帰ったら水浸しだったので非常に精神が疲れた。結局2日間友人宅に身を寄せさせてもらうことになり、連日連夜不動産屋とか生協とか共済に電話をかけ続ける夢を見て、どこに電話をかけたのか、どこから電話がかかって来たのか、それが夢なのか現実なのかわからなくなったということもあった。

いまは同じ建物の中で部屋を借り換えて、生活用品も買い換えて、ほぼ通常の生活が出来るようになった。食べ慣れた長岡の米が食えるのが一番落ち着く。

 

これ以上特に書くことはない。

追記(2020/04/11)
部屋に入った生協の人に、「筒井康隆お好きなんですか」と言われた。筒井康隆のポスターが部屋に貼られてて、筒井康隆全集があって、筒井康隆の本が本棚にみっちり刺さっている部屋を見て、筒井康隆ファンでないわけがなかろう。

本を運び出しながら、生協の人たちが筒井康隆星新一の作品は面白いよね、という話をしているのが聞こえた。われながら、読んでる本が古すぎる。

伴名練「白萩家食卓眺望」について

SFM2020年4月号掲載のこの伴名練の新作について、読み終えてからずっとSFを読むという行為への自戒をし続けている。SFMを取り出して読んでは、ぐるぐると同じことばかりを考えている。

SFマガジン2020年04月号

SFマガジン2020年04月号

  • 発売日: 2020/02/25
  • メディア: 雑誌
 

ぱっと読んだ感じ、SFアンソロジーっぽい作品だな、と思った。なんとなく、作品全体から、ソムリエ感が漂っているといえばいいだろうか。アンソロジスト感があった。これについては、理玲ちゃんが結構詳しく述べているので、ここでは省く。

 

さて、この作品を“SFアンソロジーが主題の作品だ”という認識のもと読み進めていくと、最終的に行き着くのは“この作品を楽しめる特別な才能を持つ自分”への自惚れになる。これは気持ち悪いSFファンの見せる、最悪の醜態だ。

私はこう読んだ、こう読めるんだよ、面白いね、という行為は、一歩間違うと、こう読まなきゃいけない、こう読めないのはおかしい、という悪しき方へと向かっていく。その先にあるのは、お前はこの程度も読み取れないのか、お前の読みは間違っている、という言葉だ。自分自身、これまでたったひとりからだけだが、これらの言葉を直に食らってしばらく立ち直れなくなったことがあった。

“特別な才能”、“特権的才能”。物語の最初と最後で示される、この物語のキーワードと言っていい言葉だろう(少なくとも、私はそう考えた)。作中の料理を最大限*1楽しむのには特別な才能が要る。現実の小説も、残念ながら、そうだ。

そしていま、自分は書評家として“読む”そして“伝える”という技量を買われて、商業で仕事をはじめるに至った。小説を読んで面白さを伝える書評という行為は、面白く読める自分の手腕をひけらかす行為と表裏一体の関係にある。

この先の将来、自分が道を踏み外すことのないように*2、自分の文章を、読みを、ずっと検討して作品を読み直してはぐるぐると自戒し続けている。

余談1

危なかった、それがいまの私の、「白萩家食卓眺望」に対する感想だ。

あと少しでも我が出ていたら、間違いなく「この作品を真に楽しめるのはSFファンだけ!」とか言い出してた。ほんとに危なかった。ありがとう伴名練。作品をもって止めてくれて本当にありがとうございました。

でも、こういうひりつくような緊張感をもって読むのもまた楽しい経験だった。内容自体も、あれだけ短いなかでものすごく楽しませてもらった。テクストの扱い方が、抜群に上手い作家だということを、改めて実感した。いいものを見せていただきました。単純な面白さと自戒を合わせて、これから何度も読み返す*3作品になるだろうな、と思った。

もしかしたら、伴名練は、SFを読む感覚を、SFに慣れていない人に自分の作品やアンソロジーを通じて植えつけていくよ、という意思表示をしたのかもな、とも思った。

それなら、こちらは書評や評論でSFを読む感覚を直接的に伝えていこう、と思った。駆け出しレビュアーだけれど、まだ見ぬ未来のSFや未来のSFファンのためならなんでも協力したい。

余談2

ふたつほど、自惚れに足を取られそうになっていた感想を見かけたので書き記しておく。

ひとつは卜部理玲の解説・感想ツイート。理玲ちゃんは、ここらへんの自惚れの危うさに途中で気づいたようで、危うい足取りではあるものの、“特別な才能”の矛先をふわりと伴名練本人に向けることで避けている様子。

もうひとつ怪しいと思ったのは、大野万紀氏の感想ツイート。「SF読者には書かれた文章から見たことのない別の世界が幻視されるのだ。」というのは境界線上にある言動のように感じられたが、THATTA ONLINEで自己満足への戒めの言葉があったことを確認。

結果、ふたりとも最終的にはきちんと回避していたので、安心した。

*1:ここで、“最大限”の代わりに最初は“真に”という言葉を使ったのだが、少し考えて書き直した。真に、という言葉をここで使ってしまう自分が、非常に恐ろしい。

*2:50年前に発表された作品の同時代の書評をわざわざ掘り当てて読んで、評者の無理解や無駄に飾り立てたり自慢じみたりした物言いにキレる、という行為をしてきた。己の書評には、50年未来の生意気な若造にキレられたり呆れられたりしないような、冷静で的確で簡潔なものになることを要請したい。

*3:無論、私の書評がこのSFMに掲載されているので、この号自体を何度も読むことになるのは確定している。SFMに自分の文章が掲載されたのが嬉しいので何度でも明記する。

ブログ開設から2年、SFを游いで

1月の末の時点でブログ開設から2年が経過していたが、そんなことはすっかり忘れてふわふわしていた。

この1年はひどく長く感じられた。いろいろなことがあったからだろうか。

さて、なんとなく書いていこうかと思う。

 

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中国SF研究Ⅱ「『東北大SF研、中国SFを大いに語る』配布資料追記版」

本記事は、2019年10月12日の夕方から翌13日朝にかけて行われた京都SFフェスティバル2019合宿において主催した企画「東北大SF研、中国SFを大いに語る」の配布資料の追記版である。

なお、企画の内容は勝手ながら企画主催者である下村の判断で拡散禁止としたため、内容そのものはその場限りのお楽しみということにさせていただいた。実際の企画内容は本資料に沿ったものではない。当時実際に配布した資料はPDFとして東北大SF研wikiで公開中。

  • 中国SFとは?
  • 中国SF・中華SF・華文SFの定義
  • 科幻四天王
    • 劉慈欣(Liu Cixin, リュウ・ツーシン, りゅう じきん)
    • 王晋康(Wang Jinkang, ワン・ジンカン, おう しんこう)
    • 何夕(He Xi, フー・シー, か ゆう)
    • 韓松(Han Song, ハン・ソン, かん しょう)
  • 韓松「暗室」について
    • 版権取得までの経緯
  • 中国SFの特質
    • 中国SFの最大の特徴:政治性と民族性
    • 中国SFの体現者:韓松
    • 中国SFを超克する中国SF:別格としての劉慈欣、そして陳楸帆
    • 中国SFのオリエンタリズムという先入観:ケン・リュウを通じて中国SFを知ることの危うさ
      • ケン・リュウ、中国SFの紹介者にして改作者
      • 中国SFの特徴を知りながら
  • 中国のネット小説
  • 中国SF界の問題点
    • 編集者の不足
    • 翻訳者の不足
    • 批評家の不足
    • SF市場の小ささ
  • 総括
  • 中国SF・中華SFを知るために
    • 『中国科学幻想文学館』武田雅哉林久之、大修館書店、2001
    • 雑誌『東方』451~453 号、東方書店
    • 研究ノート『中国科幻小説の諸相』
    • 「卜部理玲のSFブックガイド」より「メモ:現在手に入る中国SFリスト」
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