2019年上半期の読書整理記
平成が終わり、令和が始まった2019年。新しい時代の訪れとともに読んだ本を整理し、大学生活最後の半年に繋げていこうと思う。
上半期のベスト10
1.「ディアスポラ」(グレッグ・イーガン/山岸真、ハヤカワ文庫SF)
実は読んでいなかったSFの最高傑作のひとつ。これをやられてしまったらなにもいうことはない。
ただ、物理を専攻するものとして、イーガンにすこし反論したい部分もあるのだが、それはまた別の機会に。“SF初心者殺し”として有名な本作だが、面倒なのは冒頭の部分だけ。むしろ全体を通してみれば「万物理論」の方が格段に厄介。
2.「ムントゥリャサ通りで」(ミルチャ・エリアーデ/直野敦、法政大学出版局)
- 作者: ミルチャエリアーデ,Mircea Eliade,直野敦
- 出版社/メーカー: 法政大学出版局
- 発売日: 2003/10/01
- メディア: 単行本
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ルーマニア出身のエリアーデの小説。とうの昔に絶版になっていたので探していたのだが、仙台市内の本屋で新刊で発見。まさかの出会いだった。
この本を探すきっかけは円城塔が薦めていたことだった。あの円城塔が薦めるんだから面白いに違いないと手に入れてさっそく読んでみたらこれがものすごく面白い。エリアーデ自身が物語を物語るという楽しさを満喫しているのが伝わってきたし、読んでいるこちらとしても読んでいる間まったく集中力が途切れなかった。テクスト自身が矛盾しているのだが、全部読み通すと矛盾していること自体が物語に必要なことだと分かる。物語を読むことで物語の存在意義が見えてくる小説なのだが、それって円城塔の小説の特徴にほかならないよな、と円城塔の根源が垣間見えた一冊でもある。
3.『ビット・プレイヤー』(グレッグ・イーガン/山岸真、ハヤカワ文庫SF)
さすがイーガン。前半3作が特にお気に入り。イーガンの魅力は“はじめ何が起こっているのか分からないのだが、あるところまで読み進めると一気に世界が拓けて見えて、しかもそれまでの部分の意味もすべてわかる”という感覚。要するにイーガンは小説が上手い。この感覚をものすごくよく味わえるのが「不気味の谷」。また巻頭の「七色覚」はイーガンの人間志向がものすごくよく表れた作品で、ケン・リュウ「天球の音楽」(同人誌『天球の音楽』収録)、星新一「空への門」(新潮文庫『ようこそ地球さん』収録)と読み比べると各人の姿勢が浮き彫りになってより面白い。表題作「ビット・プレイヤー」には上手くしてやられた。立式までしてイーガンの正気を確かめてしまった。
4.『巨星』(ピーター・ワッツ/嶋田洋一、創元SF文庫)
イーガンと同じくハードSFの名手ワッツの本邦初となる作品集。別格なのは巻頭の「天使」と巻末の「島」。「島」は直前の2作と合わせてやっと理解出来るレベルで、「天使」にいたってはもはや読者に理解させる気がない。戦闘AIが人間に触れることで意識を得る(要は“堕天”する)「天使」にはじまって自由意志を否定する三部作へと繋げていくのがこの短篇集の狙いなのであろう。中間に挟まっている短篇群にはアメリカンジョークを飛ばす軽快な作品や、これまためんどくさそうな作品があり“ワッツとはこういう作家だ”ということをかなり丁寧に説明する作りになっている。この一冊を順番に読んでいけばワッツという作家をかなりよく理解出来るのではないだろうか。私は理解した。
ブラッドベリの自選傑作選。何度読んでもいいものはいいものだ。
はじめに読んだ時はあまり評価していなかった「草原」の評価が自分の中で上方修正された。間違いなくVRに触れたためだ。
「やさしく雨ぞ降りしきる」「霧笛」「万華鏡」「刺青の男」などブラッドベリを象徴する作品が収められているので、とりあえずブラッドベリの短篇の入門には最適なのではないかと思う。 1500円と高いが、一冊で判別がつくという点では良心的。
6.『ラテンアメリカ五人集』(パチェーコ、バルガス=リョサ、フエンテス、パス、アストゥリアス/安藤哲行、鼓直他、集英社文庫)
- 作者: マリオ・バルガス=リョサ,ホセ・エミリオ・パチェーコ,カルロス・フエンテス,ミゲル・アンヘル・アストゥリアス,オクタビオ・パス,安藤哲行,鼓直,野谷文昭,牛島信明,鈴木恵子
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2011/07/20
- メディア: 文庫
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バルガス=リョサ「子犬たち」、パス「白」「青い花束」が特に気に入った。
バルガス=リョサの作品の中にはあまり評価出来ないものもあるが、創作論には全面的に同意する。
そしてパス「白」は完全に円城塔の原点のひとつであろう。ここでも円城塔が辿ったであろう小説群を見つけることが出来た。なぜだか、着実に同じ道を歩みつつある。
7.『危険なヴィジョン〔完全版〕1』(ハーラン・エリスン編/伊藤典夫他、ハヤカワ文庫SF)
- 作者: レスター・デル・レイ,ロバート・シルヴァーバーグ,フレデリック・ポール,フィリップ・ホセ・ファーマー,ミリアム・アレン・ディフォード,ロバート・ブロック,ハーラン・エリスン,ブライアン・W・オールディス,伊藤典夫,浅倉久志,山田和子,中村融,山形浩生
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/06/06
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エリスン。序文のアシモフとの掛け合い、そしてブロックとの連作。なんだかんだで、エリスンってかわいいやつなんだなという感じ。(ちっちゃいし)
しかし流石に古びていることは否めない。面白かったのはポール、ファーマー程度でオールディス、シルヴァーバーグは期待を下回った。山形の翻訳は流石の一言。
今度こそ完全刊行を期待する。(旧版を片手に)
8.『アステリズムに花束を』(伴名練、陸秋槎他、ハヤカワ文庫JA)
アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: S‐Fマガジン編集部
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/06/20
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百合SF。伴名練という異常な才能が人口に膾炙することになるとは思いもしなかった。
この短篇集で随一なのは百合では伴名練「彼岸花」、SFでは陸秋槎の言語SF「色のない緑」。そして言語SFがもうひとつ、櫻木みわ/麦原遼の「海の双翼」が収録されていることを言語SF好きとして歓迎したい。(麦原さん、おめでとうございます)
この本のように外れのないアンソロジーというのは珍しい。これからもどんどん良質なアンソロジーを刊行してくれればと思う。
原々はもう少し頑張ってくれればもっと評価出来る。早く気付いてくれ。
9.『ヴァーミリオン・サンズ』(J・G・バラード/浅倉久志他、ハヤカワ文庫SF)
名短篇集、『ヴァーミリオン・サンズ』。やっと手に入れた。
面白かったのは「コーラルDの雲の彫刻師」「歌う彫刻」「ステラヴィスタの千の夢」。ものすごく定評通りになってしまったが、いいものはいいのだ。
それにしても、バラードの作品は美しいのだが、「結晶世界」にしろ『ヴァーミリオン・サンズ』にしろ、その美しさは裏に血生臭さを湛えたいやな美しさだ。むしろその血生臭さ、自分の内面こそが美しいのか。読みはじめたばかりの作家ではあるが、バラードがすごく気になる。
10.『ナイン・ストーリーズ』(J・D・サリンジャー/野崎孝、新潮文庫)
生協で見かけて。面白く読めたのは「バナナフィッシュ~」「エズミ~」「テディ」。円城塔の作品のモチーフがこれらであるというのは否定できない事実であろう。特に面白かったのは「テディ」。SFファンでも好きな人がいそう。
ということでまたもや円城塔の片鱗を見ることになった一冊。このままいくとこの世の本はすべて円城塔に繋がっていくのではないかと不安になってくるがそれはそれで楽しい。
上半期に読んだ本
2019年上半期に読んだ本は全部で30冊だった。以下にベスト10に上げた本を除く20冊とその一言感想を示す。
去年ボルヘスを読んでラテンアメリカ文学に興味を持ち始めていたので渡りに船だった。紹介されていた中では、アルゼンチンの知的幻想文学に一番興味がある。ボルヘスから着実に辿っていこうと思う。ついでに、円城塔作品の理解の助けとなりそうな作品もいくつか発見した。
「猫城記」(老舎/稲葉昭二訳、サンリオSF文庫)
サンリオを代表する一冊。噂通りダメダメで、改めてサンリオSF文庫の偉大さを知ることになった。冒頭から作者自身に失敗作であると断じられている通りで、ひどかった。こんなものが翻訳出版されてしまったこと自体がSF。
『新理科教育入門』(永田英治、星の環会)
試験勉強のために一通り読むことになった。理科教育通史としてはまとまっているように思うのだが、論理展開が屈折しており、頭の中で整理をつけがたい印象だった。
『宇宙に外側はあるか』(松原隆彦、光文社新書)
Prime Readingに入っていて無料で読めたので、移動時間などの隙間隙間で読んでいた。内容は、流石に専門課程に進んでいる自分としては得るものがほとんどなかった。しかしながら、量子論の解釈に関する問題点の整理は付けられた。同著者の専門書を持っているのでそちらを休業中に読もうと思う。
「ファンタジスタドール・イヴ」(野崎まど、ハヤカワ文庫JA)
アニメ本編を観ていないのでなんともコメントしがたい。本編とは別物らしいので、身構えずに観てみようかと思う。
『母の記憶に』(ケン・リュウ/古沢嘉通他、新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
ケン・リュウの上手さというものはこの本でも分かるのだが、その上手さを引き出すために登場人物が基本不幸な目に遭ってしまうのが読後しこりとして残ってしまう。もう少し後腐れなく書けないものか。
『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』(三方行成、早川書房)
開幕から馬鹿で大変良い。しかし、馬鹿からはじまって何かを描きたいのは分かるのだが、それを書くにはこの世界観と技量では無理であろう。これなら無理に連作にせず、単発の馬鹿SFを束ねたものの方がいいと思う。
『生まれ変わり』(ケン・リュウ/古沢嘉通他、新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
前半がとにかく辛かった。読むのは後半だけでよい。ケン・リュウは短篇を書く際にプロットを書かないらしいが、それがケン・リュウの弱さであると思う。「紙の動物園」のような作品は偶然の産物に過ぎず、緻密な構成が出来ないようでは短篇作家としての将来はない。そもそも「紙の動物園」もそんなに良くはない。
『秋の日本』(ピエール・ロチ/村上菊一郎、吉氷清、角川文庫)
芥川の「舞踏会」の元ネタ、「江戸の舞踏会」を読むために探した一冊。読み比べると、芥川の描きたかった主題が浮き彫りになって非常に面白かった。
NOVAの新シリーズ。一番面白かったのは小川哲の「七十人の翻訳者たち」。多分自分の好みの作家なので、著作は全部確保しておいた(仕事が早い)。長篇を読むのが楽しみである。
『流れよわが涙、と孔明は言った』(三方行成、ハヤカワ文庫JA)
表題作の出だしはよかったが出オチのネタで引っ張りすぎている感は否めない。一番は最後の短篇「竜とダイアモンド」、これは出オチなのに読まされた。
「結晶世界」(J・G・バラード/中村保男、創元SF文庫)
初バラード。ニュー・ウェーヴもいける口だということが分かった。バラードが描きたいのは結晶化していく世界そのものではなくて、その世界に惹かれる自分の心の内面なのだということを理解した。
東京創元社のSFアンソロジー。短篇ファンとして、良質な短篇SFの発表の場が複数誕生したことを歓迎したい。面白かったのは、宮内、松崎、堀、秋永。
『黄泥街』(残雪/近藤直子、白水Uブックス)
気違いの語る妄想、というのが率直な感想であり、本質ではないだろうか。“わからない”ということを作品の中で示し続けているということは理解した。恐らく円城塔に非常に似た主題を設定しているものと受け取った。
よくもまあこんなものが商業出版されてしまったものだ。原々のやろうとしていることは評価したいのだが、残念ながらそれを作品に昇華出来ていないことと、そもそも円城塔が既にはるかに高い完成度で達成していることに気づいていないらしいのが残念。
星新一の父親、星一の書いた空想科学小説。どうも文章自体は星一のものではないらしいが、本人の性格が透けて見えるような自信満々、大胆不敵な内容で非常に面白かった。個人的には星新一のウィットに富んだあとがきが好き。
『泡沫の歌』(小金井喜美子、新潮社)
星新一の母方の祖母にして森鴎外の妹、小金井喜美子の歌と雑文をまとめた本。小金井家の故郷長岡の情景を詠んだものが、自分の記憶の中にある長岡とよく一致してそれもまた面白かった。それにしても、達者な文章だった。この本は前の本と合わせて筒井康隆展で購入したもの。限定出版で現在中古市場で高騰している模様。買ってよかった。
山形浩生の暴言が楽しめるエッセイ集。ちょくちょく参考にはなるが、こんな言動してたらそりゃ敗訴するに決まってるじゃないか。やっぱりあまり参考にはしたくはないかもしれない。
早川書房の世界SF全集の月報から選りすぐったエッセイ集。一番興味深かったのは深見弾のソ連SF蒐集の裏話。次いで手塚、石ノ森といったところか。そして小松の文章がない。さすが早川。
『フランス流SF入門』(ステファンヌ・マンフレド/藤元登四郎、幻冬舎ルネッサンス新社)
フランスSFには不明瞭な部分が多かったので、作家を知る点では役に立った。バンド・デシネ(漫画)の分業化が進んでいるのは初めて知った。読みづらくはないし、悪くない本。
『最初の接触』(マレイ・ラインスター他/伊藤典夫、ハヤカワ文庫SF)
流石に時の流れの中で風化している。しかし、ファーストコンタクトものの原点「最初の接触」が読めるようになったのは間違いなくいいこと。ファーストコンタクトものに妙に平和的な展開のものが多いと感じていたが、それもそのはず、大本の「最初の接触」が不可解なくらい好戦的な展開の作品だった。ファーストコンタクトものは原典が好戦的だから後世批判的に発展していったのだ、ということが分かって面白かった。
この半年は忙しくてなかなか読めていなかったが、まさか30冊しか読んでいないとは。もう少し読んでいるものだと思ったが......。まあ楽しければそれでいいのだが。