SF游歩道

語ろう、感電するほどのSFを!

読書録抜粋18

学部入学以降付けている読書録からの抜粋その18。すべてノートに万年筆で一発書きなので文章はところどころで破綻しているが、それも当時の味ということで。コメントは現在のもの。

 

2020.1.13 ユング・ホルツ『紫色の時差』日本経済新聞社

萬葉堂*1で500円で見つけたのでまあその程度ならいいだろうということで。全体的に1920~30年代の空想科学小説、科学探偵小説、サイエンティフィクションを100年遡って読んでいるという感のある本。小説としての出来は最悪に近い。いまどきこういう科学全振り小説を読めるのは貴重で、なかなか嫌いではない。「うつろな記録」がこの中では一番面白く、結末はバレバレだが、まあ許せる範囲ではある。「キング・オブ・キングス」の付記は時代を反映していて面白かった。基本科学的だが、現在では否定された理論に立脚している作品もあり、40年という時間の隔たりを感じる。

ところで、作者は変名を使っており、本名は若木重敏。1916年生、九大農学部、京大理学部卒。協和発酵工業(現:協和発酵キリン)元副社長。紫綬褒章受章。主な業績は抗癌剤マイトマイシンCの単離。なお、マイトマイシンCは紫色の結晶として単離される。

コメント

好んで求めて読むタイプの本ではないが、安く入手できたら読むのも一興であろう。

作者は筆名を使っているが、名前以外のプロフィールは本人のものをそのまま用いているので、容易に特定可能だった。これで本人の学術的専門をふんだんに活かしたハードSFがあれば一番良かったのだが、残念ながらそこまで至っているものはなかった。

 

2020.2.19 オラフ・ステープルドン『最後にして最初の人類』国書刊行会

宇宙的ヴィジョンを綴った思想書とも妄想ともつかない異常な本。SFとしても読めるということでSF扱いになっている奇書。そんなところが一番近いのでは。もう90年も前の本なのだが、宇宙的ヴィジョンを当時は正しいとされていた最先端の科学知識で補強して荘厳なものとしていく。1930年の段階でここまで壮大な物語を書いたというのが信じられない。ただ、読むの自体はかなり辛かった。あと目につくことといえば、未来の描写でプレートテクトニクスに言及がないどころか、大陸の移動を一切扱っていないところ。同理論が定着したのが1960年代の話なので仕方なかろう。また、優生学が頻出する一方で相対論・量子論が出てこないのも、哲学者らしい著作といったところか。

コメント

やべー本。多分書いている本人はかなり真面目に論じているのだが、妄想が激しすぎてSF小説としても破綻しかけているとんでもない一冊に仕上がっている。自らの直感的信念を、あまたの科学的知見で荘厳に彩っていく怪作。

読書録にもある通り、優生学が取り上げられる一方で、プレートテクトニクスや相対論・量子論に一切言及しないところは、当時の知識人の最新の科学への理解度を測る目安になるのではないか。

惜しむらくは、この本が絶版になって久しいところ。なんとか文庫化なり再版なりされてほしいものだが。

 

2020.3.22 マーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー(上)』創元SF文庫

全4篇からなる連作短編の1、2作目を収録した一冊目。1作目「システムの危殆」がヒューゴー・ネビュラ・ローカスの三冠。2作目「人工的なあり方」がヒューゴー・ローカスの二冠というなかなかの本。非常に娯楽SFとして優れていて、読みづらさはなく、最近のSFにありがちな面倒な設定や凝った小説上の技巧もなく、読みやすい。ぐだぐだ書かずとも、この作品の面白さは「弊機」の屈折した語りにあるのであり、それでいて屈折しすぎていないバランス感覚にある。ひとつひとつが少々長いが、長さを感じさせない軽量さが売りか。欠点もなく、古びそうでもなく、いい作品だと思う。

コメント

素直に読めばそれでよろしい、といった感じの良質な娯楽SF。近年の海外SFにありがちな、超絶技巧はなく、いわゆるSFを読みたい人向けに安心して進められる1冊。小中学生の読書にも向いている。

余談だが、ウェルズという名字でSFに携わるのは、本名としてもすごいものだと思う。手塚という名字で漫画に携わるようなもの*2なので。

 

2020.3.23 マーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー(下)』創元SF文庫

読み切る前に少し解説を読んではじめて、「弊機」が女型であることに気づいた。まあ、特に知る用もない情報であり、最初から無性別存在と思って読んでいたので問題はない。流石に上下巻で650頁は長かったが、読んでいる間は長さを感じなかった。全編通して煩わしい仕掛けがなく、好印象。SFへの入門の役割を果たしてくれるだろうか。ようやく読む気力と時間を得たので、ばっちり読んでいきたい。『月の光』が欲しいが、コロナの中行けるだろうか。出来れば神保町の内山書店と東方書店にも行きたいが、無理はしない方がいいか。

コメント

前回から続く下巻。「弊機」のボディが男女どちらなのかということについては特に気づいておらず、驚いた記憶がある。そもそもSFに触れる際には、明示された情報以外は変に考えを巡らせないようにしているので、今回もそれが徹底できたということにしておきたい。

この『マーダーボット・ダイアリー』は、全体を通してリズムが良く、アクションや語りなどのバランスもとれており、良質な読み物だった。SFを読みはじめるなら、この作品をすすめたい。

ちょうどこの辺りから、コロナが本格的にやばいということが知れ渡ってきたように思う。当時東京に滞在していたが、大事になる前に急いで仙台に戻ることになった。

 

2020.4.12 安倍公房『笑う月』新潮文庫

天井から漏水を受けて建物内で引越し。ようやく落ち着けた。世間はコロナ禍で大変なことになっている。この本は「鞄」が目当て。相変わらず面白いが、他の作品はスナップショット的でよくわからない作品が多い。公房を暇つぶしに使う贅沢さよ。

コメント

長期休業を挟み、コロナで慌てて仙台に帰ってきたところ、部屋の天井から盛大に水が漏れており、急遽引っ越すことになった。あまりの忙しさとショックで、連日不動産屋やらガス屋やらと電話をする夢を見るほどだった。

安部公房は昔から好きだった。特に高校の現文の教科書に載っていた「鞄」を忘れることが出来ず、今でもATB短編10に入るくらい好きな一作。

*1:仙台鈎取にある東北最大の古本屋。萬葉堂書店HP

*2:島本和彦は本名が手塚だが、恐れ多いので筆名を使っている使っている。