SF游歩道

語ろう、感電するほどのSFを!

読書録抜粋16

学部入学以降付けている読書録からの抜粋その16。すべてノートに万年筆で一発書きなので文章はところどころで破綻しているが、それも当時の味ということで。コメントは現在のもの。

 

2019.10.9 アーサー・C・クラーク『宇宙のランデブー』ハヤカワ文庫SF

この作品、『三体』の次にすすめるべき作品ではないだろうか。この作品の書き方だと、どこまでも書き継いでいけると思うが、適度にいいところで切って次回作への含みも持たせられるのがクラークの上手いところ。結局謎は何も明かされないが、これこそSFの面白さという感もある。むしろ引っ張って解決に導いているのに、その解決が目も当てられない無残なものになっているものがあるのを考えれば、これでいい。本作は風情のある良質なエンタメ。

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言うまでもないかもしれないが、極めて良質なエンタメハードSF。突如飛来した謎の構造体の内部に科学者が侵入し、冒険しながらその正体を探るという単純な筋書きだが、ハードSFとしての謎解き要素がありつつ、冒険中のアクシデントや登場人物同士のやり取りなど、エンタメとして様々な層に訴えかける総合的な魅力がある。

この作品は厳密には謎解きが完結しておらず、またクラークの長編としては明らかに短い。このままいくらでも冒険要素を継ぎ足して書き継いでいけただろうし、続編も如何様にも書けただろう。実際、大分後になってから共作でシリーズ化されている。

本作も3という数字がかなり重要になるファーストコンタクトものの変種みたいな作品なので、『三体』を読んだ後に読むのもいいだろう。創作を志す人についても、いくらでも書き繋げられそうなストーリー展開を勉強するのに適していると思う。商業作品を出版するならば、拡張性や収益性をきちんと考えなければならないので。

 

2019.11.19 チャールズ・L・ハーネス『パラドックス・メン』竹書房文庫

幻の傑作との噂は本当だった。A・E・ヴァン・ヴォークトの非Aと武器屋を足して矛盾を差し引いた、との評があったがこれが正に、という怪作。相対論の議論が派手に間違えていることを除いて、導入した要素がすべて最後に結びついていったのが良かった。オールディスはベタ褒めだが、流石に2019年にあっては古びている。ワイドスクリーン・バロックの荒削りさが、洗練を経たSFの読者にとっては悪く見えるだろう。面白かったのは事実で、日本への紹介が遅れに遅れたことがこの作品の最大の不運。

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書いてある通り、相対論に関する議論は全く間違っているので無視すること*1。破天荒な作品だが、意外と伏線はしっかりしていて、妙に行儀が良かったのが印象に残っている。

一番面白かったのは、目からビームを出せる理由づけ。主人公が急に「光線が目に入るから目が見えるのだ、目が見えるのならば目から光線が出るはずだよな」とか言いはじめて目からビームを出しはじめたのには笑った。行き当たりばったりにもほどがあり、また当時の視覚に関する科学的な理解の程度を考えればそこまで悪い議論でもないところも面白い。確かに無茶苦茶ではあるのだが、どこか作者の真面目な部分が垣間見えるようで、その面でも楽しめる。

 

2019.12.5 ガブリエル・ガルシア゠マルケスエレンディラサンリオ文庫

はじめての本格的なマジック・リアリズム作品。『バロック』はカルペンティエールの理論が自己矛盾しているので除外ということで。面白かったのは「大きな翼のある、ひどく年取った男」と「世界で一番美しい水死人」。他も面白かったが、特にこの2作が特筆すべき面白さだった。自分が読んだのはサンリオ文庫版で、現在はちくま文庫から出ている。サンリオ版は鼓先生の解説だけが載っていて、ちくま版には木村先生の解説だけが載っていることを確認。両方必要か。

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当時SF研でラテンアメリカ文学が流行っており、ラテンアメリカ文学最初の一冊ということで部会が開かれた際の課題本だったと記憶している。SF研は別にSFばかりを読んでいるわけではなく、むしろSFはまあ何も言わなくても読むのだから、他人に勧めるのはSF以外のものをという風潮があり、この時はラテンアメリカ文学がそれだった。

個人的にはラテンアメリカ文学ではボルヘスが一番好きなのだが、ボルヘス以外だとこのガルシア゠マルケスが好きかもしれない。ラテンアメリカ文学を全て網羅しているわけではないのでなんとも言えないが、小説の上手さという点で、最も楽しく読める作家だと感じている。

この『エレンディラ』は日本では元々サンリオ文庫サンリオSF文庫ではない)に収録され、絶版となったのちにちくま文庫から解説のみを差し替えて再収録された。発行点数が多かったためか、サンリオ文庫版の市価は手頃に抑えられているので、ファンなら鼓先生の解説目当てで入手するのもいいかもしれない。

 

2019.12.7 テッド・チャン『息吹』早川書房

待ちに待ったチャンの第2短篇集。「息吹」が抜けて素晴らしい。「オムファロス」「大いなる沈黙」も良い。「デイシー」と「ソフトウェア」は微妙のように思う。他の作家の作品の水準よりは明らかに上だが、それでもチャンならもっと上手く書けたのではないかとも思う。「息吹」だけでお釣りが来るのでよし。忘れていたが、「商人と」ももちろん面白い。現在チャンは専業作家らしいので、次の作品集が10年以内に出ることを期待している。

コメント

チャンはどれを読んでもまず外れがないのが素晴らしい。もっと作品数があればと思うこともあるが、作品数を絞って出来を限りなく高めるタイプのチャンにそれを求めるのは酷だろう。

この本で一番いいのは間違いなく「息吹」。「あなたの人生の物語」も素晴らしいが、美しさと完成度で「息吹」を推したい。万物の根源を空気に求める発想は古代ギリシア哲学を連想させ、これに全時空で大局的に常に正しい熱力学を合わせることで、大きな説得力と絶対性を持たせている。

「不安は自由のめまい」は、今に至るまでよくわからない話だと感じている。作中の状況は面白いが、チャンがなぜ決定論に関してここまで考える必要があるのかが分からない。多世界解釈は科学理論ではないし、実際この世界は決定論的世界ではないのに、決定論的世界について論じる必要性が理解出来ない。決定論的世界における人間の判断に関する議論は設定不良問題であり、永遠に解決不能な無駄な議論であると思う。

 

2019.12.27 チョン・ソヨン『となりのヨンヒさん』集英社

人生初の韓国SF。面白かったのは「アリスとのティータイム」。まさか(伏せ字)の登場する多元世界ものだとは思わなかった。「となりのヨンヒさん」も良かった。もう少し極端さが欲しい気もしたが、それは自らの好みがそうなだけで無理というもの。

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以前韓国のSFファンの人から、韓国ではSFは商売にならず、SFといってもファンタジーも一緒になっていて不明瞭なジャンルなのだ、という話を聞いた。確かにこの本に収められたSFは結構ゆるめな印象で、同じ東アジアの中国ではハードSF至上主義が根強いのとは対照的に見える。またSFが商業的に成功しつつあることは大変喜ばしいことで、全く未知のSFあるいは目新しくも何か共通するものを感じさせるようなSFに出会えることに期待したい。

本作は二部構成で、前半はそれぞれ単独の作品群、後半は連作となっている。後半の作品である「秋風」は原文ではジェンダーニュートラルな一人称で書かれているものの、邦訳された際に会話文で役割語が用いられたため、本来の意図が減じている箇所が存在する*2。自分はSF小説を読む時、特に最近の作品を読む場合は作中に明確に性別を決定する根拠がない場合は常に性別不定のまま読むよう気をつけている*3ので、両性どちらでもありうると想像していたのに急に女言葉が多用されて大変混乱した。これは誰が悪いわけでもなく、言語間での断絶の問題でもあり、無意識的な不可抗力であるとも言える。自分自身、作品を鑑賞する際は最大限作者の意図を汲み取れるよう配慮しているが、それでも漏れてしまう部分が出てくる。なかなか難しいことだが、卑しくも創作物を評価しようというのであれば、当然徹底されなければならないだろう。

*1:確か虚数単位の扱いが間違っていたと記憶している。

*2:詳しくはRikka Zine「新刊海外SFと、私たちがそれを語る言葉を持たない話」を参照されたい。

*3:円城塔が特にそういうことをしてくる印象がある。「捧ぐ緑」とか。