SF游歩道

語ろう、感電するほどのSFを!

伴名練「全てのアイドルが老いない世界」について

伴名練の新作は、今回もいい作品だった。《小説すばる》掲載ということもあって、一見SF色薄めな仕上がりにも見えるが、一通り読めばSFに対する批評的姿勢がよく見えてくるようになる。この人の作品を読むのは、変わらず恐ろしい。

本作を簡単にまとめると、人間を魅了して生気を吸収することで事実上の不老不死である吸血鬼種族がアイドルをやっている話、という感じになる。過剰なまでの百合営業が全編に渡って展開されるが、それを主人公のアイドルユニット名“リリーズ”を冒頭で示して牽制しているのがにくい。これにはじまって、読者は、この作品を読みながら思い浮かべたことを次々と作中で言い当てられつつ読み進めていくことになる。 

 

本作の批評性

作中に登場する楽曲の題名がすべて女性SF作家の作品に由来する*1こと。以下に元ネタを示す。

一旦暴いてしまえば、もはや露骨すぎるほどの引用である。

ここまで露骨に女性作家の作品名を引用するのは、雰囲気作りという面もあるが、一番は伴名練の危機感の表れであろうと思う。先日発売されたばかりの伴名編国内SF傑作選『日本SFの臨界点』の収録作家に女性が少ないのも、そもそもの日本SF界の男女比の偏りに起因するものだと容易に理解出来る*2

こうしてまだ見ぬ女性作家のSFへの参入を促しつつ、この現状をSFの人間に的確に伝わる形で仕込んでいるのが、伴名練の恐ろしさ。読み取れなかったら(事実私は完全には読み取れていなかったわけだが)そこでSF読みとしての力量不足が露呈し、読み取れたらとれたで痛烈な批判的メッセージをも受け取ることになる。

 

感想

不老不死に近い存在を現代社会に導入するにあたって、SFファンとしてまず脳裏に浮かんだのは、この吸血鬼種族の戦争への利用だった。普通の人間と比べてはるかに頑健な種族がいるとなれば、当然兵士として利用するのがいい。だが、そんなことを小説で書いていたら、元々書きたかったはずのアイドル話が書けなくなる。この作品では主人公の過去が織田信長だったというまさかの過去を明かすことで、軍事方面への言及を巧みに避けている。

この理咲が信長であったという過去を示唆するために、作中では京都という地名が挙げられており、これと並んで新潟という地名も登場する。分かりづらいながら、これは2人がかつて瞽女であったということの示唆だろうと考えられる。この瞽女というのは盲目の女旅芸人のことで、先導役も含め女数人だけで村々を訪ね歩いては歌や弾き語りを披露して生計を立てていた。その由来はよくわからないらしいが、明治から昭和にかけての時期は新潟県、特に高田と長岡*3で活動が盛んだった。リリーズ瞽女だった説は文中にある新潟・門付・特高(=戦前期)という単語をよく説明出来るので、おそらく正しいのではないかと思う

私はこの作品の本筋ではなく、この瞽女であったかもしれないという部分にやられてしまった。他の瞽女とは違って目が見えるとはいえ、瞽女としての旅路は苦難に満ちたものであっただろうし、それに加えて戦前の新潟の山道など、特に冬場に関しては日本でも最悪の部類に入る。そんな劣悪極まる旅路を2人がどのような会話をしながら過ごしていたのだろうか、どんな暮らしを営んでいたのだろうかと想像すると、その舞台が私の地元であるということも相まって、非常に感慨深い。この想像がエモかったからこそ、その後の展開に引き込まれたという感がある。

 

さて、個人的には十二分に楽しませてもらったのだが、瞽女に気づく難易度と、気づけなかった場合を考えた客観的な評価は両手放しとはいかない感じか*4。本作の特徴である読者の思考を誘導する手腕は、まさにテクストの使い方に長けた伴名の得意中の得意という感じだが、その手法をもって何をしたかったのかが、私にはよく読み取れなかった。散々「関係性」をキャラに口で説明させながら、最後にそれを破った新しいものを読者に汲み取らせたわけで、非常に上手いのではあるが、それだけでは物足りない。私が読み切れていなかったり、読み誤ったりしたのではないかという不安もあるにはあるが、それよりももっといろいろと仕込めたのでは、という思いの方が大きい。(仕込めたはずだ、という無責任な期待もある)

 

今回も随分と楽しませていただきました。次回作を心待ちにしています。

 

なお、本作は《小説すばる》初出だが、電子版も販売されている。

*1:これに気づいたのは私ではなく、山岸真さんである。私が読みながら気づけたのは「魔女見習い」と「輝くもの〜」だけで、他は山岸さんの指摘と自力検索によって調べ上げた。

*2:さらに言えば、海外作家ではなく日本作家、恋愛編に加えて怪奇編をぶつけてくるあたり、これまでのSF傑作選が海外SF・正統派SFに偏っていた出版状況への批判的実践と受け取れる。

*3:私が瞽女に気づけたのは、私が長岡出身で聞き覚えがあったから。

*4:私がこの作品を楽しく読めたのは、地元ネタといまの自分に滲み入るような個人的な共感を得られたことに起因する。それを差し引いて客観視すると、ちょっと物足りないと思う。