SF游歩道

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伴名練「ゼロ年代の臨界点」に関する補足解説

東北大SF・推理研バーチャル会員である卜部理玲が、伴名練のSF作品集『なめらかな世界と、その敵』に関する1万字におよぶ文章をnoteで公開している。

これらの文章はおおむね満足いくものではあるのだが、1作だけ、「ゼロ年代の臨界点」に関しては読みが甘いと感じたので、補足しておこうと思う。

 

この「ゼロ年代の臨界点」という作品は、改変された歴史におけるSFであることが容易に分かる。

本作の後半部で提示される「藤原家秘帖」前半部の物語は、未来から過去へと遡って記述されていることが分かる。また、おとらの手による「藤原家秘帖」後半部の物語は、語り手が過去へと遡る一族であり、未来の知識を過去に伝えることによって歴史改変を目指したとする作品となっている。これらの小説内小説は、本作において、本来期待されるべき虚構内虚構としてではなく、虚構内真実として機能することになる。

すなわち、富江とおとらは時間旅行の経験者であるということである。時間旅行経験者の彼女らが未来の技術を取り込んだSFを書くことによって、彼女らは歴史を改変することに成功したのであった。本作が明治時代を舞台とした小説であるのに、物語の後半以後(物語の年代以降の時代も含む)にかけて史実とのずれが大きくなってくるのは、この歴史改変のためであろうと推察される。

そして、ひとり残されたフジは、過去か未来のどちらか(おそらくは過去)に行ってしまったであろう富江とおとらに再び会うために、SFを書いて歴史を改変し、タイムマシンのような時間旅行を可能にするガジェットの開発を早めようとしたのではないだろうか。

傍証として、小説内小説として本作に導入されている架空のSF作品群に時間テーマの作品しかないことが挙げられる。日本SFには伝統的に時間テーマの作品が多いが、それにしても時間テーマの作品しか言及されていないのは異常であり、作者の意図的な試みであると考えられる。また、作中で言及されているマーク・トウェインの「アーサー王宮廷のヤンキー」は歴史改変SFの古典的な例として知られており、ナサニエル・ホーソーンも歴史改変SF短篇「P.'s Correspondence」を執筆している。これらの要素によって、本作は「時間SF」と「歴史改変SF」というテーマが強調された作品になっている。

このようにして、伴名練は、“SFを書く”という行為を批評的視座を通じてひとつのSFに仕立て上げたのだった。一方で、SFを書くことで世界を早めることが出来ると気づいていたフジは死んでしまったわけで、それが出来るのはこのことを作品から読み取った読者たちしかいない、ということになる。

 

以降、小ネタについて。

作品全体の発想元としては、横田順彌の明治期の古典SFに関する文章群であると考えられる。

冒頭のエピソードの元ネタは日本SF御三家を表現した名文句「星新一がSFという惑星を発見して、小松左京がブルドーザーで地ならしし、道路が出来たところで筒井康隆がスポーツカーに乗って口笛吹ながらさっそうとやってきた」というものだろう(厳密なものではないのであしからず)。この名文句は広く知られたものではあるのだが、実は時系列的には合っているかどうか微妙な文章でもある。小説家としての商業デビューしたタイミングを考えると、星新一が57年(「セキストラ」、同人誌『宇宙塵』から『宝石』に転載)、筒井康隆が60年(「お助け」、同人誌『NULL』から『宝石』に転載)、小松左京が62年(「易仙逃里記」、『SFマガジン』)という感じで小松が筒井に先行していたということでは必ずしもない。いずれにせよ、作中のエピソードもこの名文句も、ひとつのエピソードで3人の雰囲気が十二分に伝わってくる名文だ。

注釈にある札なし二人百人一首の発想の元(注釈にネタを仕込むことの元ネタ)としては、円城塔烏有此譚」と筒井康隆「註釈の多い年譜」が挙げられる。特に「烏有此譚」は2009年に刊行された作品であり、「ゼロ年代の臨界点」が2010年発表ということを考えると、影響があったのではないかと考えられる。(ちなみに、「烏有此譚」の注釈には、「ひかりよりも速く、ゆるやかに」のメインとなる発想に対する科学的な批判が偶然ながら存在する)