SF游歩道

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未訳SF紹介Ⅲ「暗室」(韓松)

書籍情報

作者:韓松

形態:中篇~中長篇小説(日本語で4万字ほど)

 

あらすじ

語り手である「ぼく」は、かつて発生したある出来事の調査を行うために、ピンカス谷を訪れた。そこには、赤子どころか、胎児の骨と思われるおびただしい数の人骨が山積していた。「ぼく」は痛ましい出来事に胸を痛めつつ、当時を知るアルファ氏という老人の元に向かった。

アルファ氏は、「ぼく」にアルファ氏自身が胎児であった頃の記憶を語る。胎児たちは、相互通信可能な電磁的なネットワークをもっており、大人たちの社会からは独立した、高度な社会を構築していたのだ。そしてついに大人たちの社会が胎児たちの社会が存在することを認識し、人類は史上はじめて他の文明世界との接触を果たすのだった......。

 

作者紹介

1965年生。新華通訊社新華社通信)の記者・編集者として勤務するかたわら、創作を続けている。その取材経験を活かした風刺や政治批判を得意とする。

代表作に「紅色海洋」、「地鉄」、「美人狩猎指南」など。邦訳作品に「セキュリティ・チェック」、「再生レンガ」、「水棲人」。

全体的に独特の読みづらさをもつ中国SF界の中でもひときわ読みづらく、その読みづらさに起因する高い中毒性をもつ作家。読みづらさの原因としては、中国国内の政治的な問題が作品のテーマとなっていることや、晦渋極まる文体、難解な表現などが挙げられる。また、中国のSFは、難解で重苦しい主題を扱いたがる傾向*1にあり、韓松の作品はその最たる例と言える。

中国のポストモダン文学といえば、まず莫言、二三歩下がって韓松といった感じで、中国のポストモダン文学を代表する存在として純文学界隈からも知られている。

 

作品紹介

この作品で展開される社会や文明の描写は、総じて陰惨で混沌としたものであり、読んでいて血沸き肉躍るというような類の作品では決してない。しかし、この作品で描かれた社会を読んだとき、急速な発展を遂げた中国社会を想起せずにはいられないのも確かなことだ。

基本的に、中国色が濃すぎるあまり外国人には理解出来ないことが多い韓松の作品にあって、本作は社会に対する強烈な批判精神が、かえって外国人である私にさえも作中の悲惨な描写に嫌悪感を覚えさせるほどに作用している。

本作は、一般にSFとしてだけの価値で測ればそこまで重要な作品ではない。しかし、韓松の豊富な批評精神、社会に対する強烈な問題意識、それを実現するための陰惨な文章表現、そしてそれらをSFに織り込んで語る手法などにおいて、韓松の創作の姿勢を体現した非常に重要な作品のひとつである。現状、韓松の邦訳作品が3作と少なく、またどれも比較的理解しやすい作品であり、本質的な“理解しにくさ”からは離れた作品であるため、本作は韓松の本質的な特徴を日本に紹介するにあたっては非常に重要な位置を占めると考える。

 

翻訳とその入手方法について

天津一と下村思游の共訳による「暗室」の訳文は、東北大学SF・推理小説研究会の機関誌『九龍』第3号(刊行時期未定)に掲載される予定。本業を優先するため翻訳は座礁中。

 

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*1:これには、中国においてSFが長年にわたって子供の読み物扱いされてきたことに原因があると考えている。これを払拭したのが劉慈欣の「三体」であり、韓松の作品群であった。