SF游歩道

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東北大SF・推理研 コミックマーケット95参加レポート

平成最後のコミケとなるコミックマーケット95の3日目(2018年12月31日)に、「東北大学SF研究会」として初めてサークル参加をし、東北大SF・推理研の機関誌「九龍」第2号を頒布した。会誌制作から頒布当日までの体験をここに記録しておくので、将来のSF・推理研会員各位は今後の活動の参考にしてほしい。

機関誌制作

今回制作した機関誌「九龍」第2号の内容の詳細については以下の記事に譲る。

shiyuu-sf.hatenablog.com

この記事を読んで頂ければ分かると思うが、「九龍」第2号では創作小説の大半を書いた壁石と、企画・翻訳・編集・校正を担った私(下村)に負担が集中しており、業務分掌に失敗している。私は今回の機関誌の主宰者であり、苦しみながらも楽しめたのでまだいいが、外から見ればこれは完全に奴隷労働である。

機関誌制作にあたっては、半年以上前に目玉企画(今回であれば中華SF、40周年記念インタビュウ)を決め、それに合わせて他の人の執筆する文量や仕事量のバランスを考えるべきだった。これは主宰者である私自身の失敗であり、また私が他の会員との連絡や折衝を怠ったことによる失敗だった。

また、今回の機関誌は316頁という大部であり、しかも製作費を抑えるために発行部数が3桁にも及んだため、印刷代だけで私の月々の仕送りを3ヶ月分もつぎ込む羽目になった。流石に暮らして行かれないため、私含む3人で印刷費を等分して負担することになった。このような事態になってしまった最大の原因は頁数が大幅に膨らんでしまったことであり、素直に3分冊するなどして金銭的リスクを低減するべきであった。(現状、冬コミだけでは印刷代を回収出来ていない)

しかしながら、よかった点もある。「九龍」第2号の目玉企画『偃師伝説』の翻訳、そしてハヤカワ文庫の装幀のパロディを行うにあたって、私は双方の著作権者にその旨確認を取り、きちんと許可をいただいたことだ。『偃師伝説』に関しては、同作を掲載し、現在も著作権を所有する中国のSF雑誌「科幻世界」編集長の姚海軍氏に直接電話で連絡を取り、同人翻訳に限って許可を頂いた。装幀に関しては、早川書房お客様係にメールで連絡を取り(メールアドレスは早川書房HPに掲載されている)、マーク・出版者名など早川書房に関する意匠を使用しないという条件で許可を頂いた。同人誌とはいえ、自分たちが立派な著作者になる以上は他者の著作権を最大限尊重してほしい。

今回の機関誌制作で使用した原稿類のデータや文庫版の版面テンプレート、表紙テンプレートや「トウホク文庫SFマーク」などはすべて東北大SF研のクラウドサーバーにアップロードしておいた。今後利用したい場合は権利元に改めて確認した上ならば私に断りなく利用して構わないので、有効活用してほしい。

事前準備

コミケ自体の登録は私ではなく春尋孝氏に頼んでいたので、負担が大分軽減されて本当に助かった。これで私がコミケの登録までやっていたら確実に破綻していたことだろう。同氏に深く感謝している。(コミケの登録自体は非常に丁寧な誘導があるのでほとんど問題ないと思う。しかしながら、記入事項は必ず複数人によるチェックを行うべき)

コミケ前の事前準備で一番大切なことは、当日の準備要員の確保だ。サークル入場の開始時刻が7時30分(実際に入場出来るのは8時30分近くになると考えた方がいい。詳細は後述)で一般入場が10時ちょうどと、あまり余裕がない。本の搬入や登録証・見本誌提出、そしてSNS等での告知や挨拶回りを考えると確実に来られる人間を3人確保しておきたい(サークルチケットを使って入場できる人数が最大3人のため)。慣れない東京、しかも交通機関は軒並み一般参加者の人波であふれかえっており、不測の事態が発生しやすい。一般参加とサークル参加はまったくの別物であるので、コミケ経験者でも十二分に用心してほしい。

また、最低限必要なものとして釣り銭の準備が挙げられる。今回頒布した「九龍」第2号は頒価1500円だったため、お札と500円玉さえあれば十分であったが、数百円単位でのお釣りが発生する価格設定の場合は100円玉が20~30枚は必要になる。(最悪、売り子の軍資金でまかなうという手もあるが、個人のお金が部費に交じるような事態は極力避けるべき)頒価に関しては、印刷代や需要との関係もあるが、個人的にはなるべく500の倍数のようなキリの良い額を目指すべきだと思う。

今回は、看板や敷き布などのブースの飾り付け用品を一切準備しなかったため、いかにも不慣れな感じの面白みに欠けたブースになってしまった。せっかくのお誕生日席にも関わらず、目の前を素通りしていく参加者が多く、手に取ってもらえることが少なかった。通りすがりでも表紙やポスターの絵柄で購入してもらえる漫画・イラスト系同人誌に比べて、小説系同人誌は実際に手に取って読んでもらえないと購入してもらえないという点で、いかに足を止めて本を読んでもらえるかということが重要になってくる。次回以降はきちんと布や看板、試し読みペーパーなどを用意して足を止めてもらえるようなブース設営を意識するべきだ。

頒布当日

31日のコミケ当日、私は朝5時に起きて6時過ぎには東京郊外にある家を出て、池袋からりんかい線直通埼京線新木場行きの電車に乗り、懐から取り出した老舎の中国SF『猫城記*1』(サンリオSF文庫)を読んで周囲の乗客10人ほどから三度見されつつ、7時45分頃りんかい線国際展示場駅に到着した。

駅は見渡す限り真っ黒な人波でごった返しており、改札を出た後一般入場口とは違うサークル入場口に行くのも一苦労なほど。もし他のサークル参加者と合流したいのなら、一旦サークル入場口へむかう通路へ出て人混みの無い、邪魔にならない場所を探した方がいい。(そもそも、会場外で合流しようとしない方がいい。合流するならサークルスペースで直接合流するのをおすすめする)

一般参加者から分かれても、サークル参加者の列自体も相当なもの。流石に入場に一時間以上かかることはなかったが、それでも列がはけて入場出来たのは8時20分ごろだった。

今回機関誌を印刷していただいたサンライズパブリケーションさんはビッグサイトを会場とするイベントでのサークルスペースへの直接搬入を行っており、お陰さまでサークルスペース到着後すぐに設営を始めることが出来た。夜明け前から立ちっぱなしで移動して来た自分には非常にありがたかった。印刷所を選ぶ際には、直接搬入を行っているかどうかも考慮に入れるべきだろう。届いた段ボールは3箱、どれもズシリと重たい。この日が「九龍」第2号との初対面、箱を開けるととんでもない厚さの文庫本がみっしりと詰められていた。

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「九龍」第2号とイーガン「プランク・ダイヴ」

グレッグ・イーガンの「プランク・ダイヴ」(ハヤカワ文庫SF)と比較してみても、厚さは遜色ない。まったくとんでもない本を作ってしまったものだと思った。(トールサイズでないのが無念)

私が到着して各数分おいて本日の売り子、春尋孝氏と木山晩器氏が到着。2人とも嘘みたいな本の厚さに驚きの声をあげつつ作業を進め、悪戦苦闘しながらも9時30分には設営完了。会場は暖房が効いているせいか暑いくらいで、準備しておいたポケットカイロは早くも無用の長物と化した。仙台に比べればそりゃ暖かいのも当然なのだが。

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コミケ当日のブース

開場を祝う拍手に包まれながら、10時ちょうどに平成最後のコミケコミックマーケット95が始まった。流石は3日目、開始直後はR18系サークルに向かう理性を失った人群れがひどく、人間の理性の最後の防波堤たる我々は苦戦を強いられた。開始1時間で動いたのは最初に売り子が自分用に買った3冊と挨拶での会誌交換5冊、そして知り合いの購入してくれた1冊だけに留まった。

別の話題になってしまうが、トイレに行こうと壁サークルの列の脇を通った時に感じた臭気は今でも忘れられない。冬なのにどうすればここまで人は臭くなれるのか。すゆい匂いを通り越して、獣臭かった。夏コミには行かないようにしようと思った。

最初の波が収まりはじめた11時30分ごろ、 一般参加者の入場規制が解除された。したがって、スムーズに入場したい一般参加者は、12時過ぎに駅に着くようにすればいいだろう。このころようやく本が売れ始め、中にはひとりで3冊も買って行って下さった方も。ありがたい限りだった。しかしながら、流石に午前中はあまり売れず、まだ販売部数は20部以下だったように記憶している。

去年の経験から、午後になればプロの方々が来るものだと考えていたのだが、今年はどうも姿を見かけなかった。しかしながら、「中華SFの翻訳が出ると聞いて来ました」と「九龍」を目当てにコミケに来てくださった方もいて、『偃師伝説』の翻訳者として感無量だった。少し時流に媚びた機関誌になってしまったと思いつつ、私たちが紹介しなければまだその存在すら知られていなかっただろう作品を紹介して興味をもってくださったということで、中華SFの普及にほんの少しでも寄与出来た実感が湧いてきて、非常に嬉しかった。これはどうにも、自分でやってみなければ分からない類の感覚だ。まだSNS上でも感想を見つけることは出来ていないが、感想が上がるのを今か今かと待ちつづけている。(まさか、『偃師伝説』が”えんしでんせつ”と読めないから感想を呟けない、なんてことは……)

午後も急激に人が来るということはなかったものの、こちらの接客が慣れて来たのか、それとも財布のひもが緩んだのか、通りがかりらしき人が見本誌を読んで購入していく、ということが数回あった。それだけ「九龍」が堅実な作りだったということでもあり、一般に通りがかりの人への訴求力が小さいとされる小説本でこのようなことが複数回あったことは大変印象的だった。

1時頃には当会会長戸山玲氏が到着、万全の4人体制で各自交替で戦場に向かいながら接客を行った。

2時台までは人が多かったものの、3時台はもうまばらになっていた。3時20分ごろ片づけを始めたものの、宅配搬出や持ち物の整理に手間取り、結局コミケ終了となる4時まで残ることになってしまった。予定では3時30分には搬出して45分に撤収完了としていたのだが、少し遅れが生じてしまった。宅配搬出の窓口の混雑が原因だった。とはいえ、事故なく忘れ物なく無事撤収出来たので問題はないだろうと思う。

コミケ後に軽く打ち上げはいかが、と当日通路挟んで正面のブースだったSF文学振興会の方々にお誘いいただいていたのだが、4人全員その日のうちに都外へ移動する予定となっていたため、申し訳ないながら全員ビッグサイトからはまっすぐ帰還することとなった。(不慣れな東京で、しかも年末でリスクを冒すのは危険だった。別の機会にご一緒させていただければと考えている)そこそこイベント慣れしていると思っていた私ですら、長時間の接客と膨れ上がった戦利品の重みとで大分疲弊していたので、場慣れしていないと自覚している人はに寄り道せずまっすぐ帰宅することをすすめる。慣れてから、改めてコミケ終了後の楽しみを味わえばいい。

帰宅は6時過ぎ。すっかり辺りは暗くなっており、夜明け前に始まった私の冬コミは、日没後に無事終了した。事前に文学フリマコミティアで相当数の同人誌を購入していたため買った本はいつもの半数以下だった。

コミケでの頒布実績は40部以上。印刷代を回収しきれなかったため、財布にダメージが直撃している自分としては不満が残るのだが、他の人によるとどうもかなりすごい売り上げらしい。平成最後のコミケに初めてサークル参加して数百部のオーダーで印刷したものの、他人が言うには大成功とのことなので、まあ成功としてもいいのではないだろうか。少なくとも、部員分しか売れなかったとかそういうレベルの失敗はしていないという点で、ある程度満足している。この後は、このレポートを用いた反省会と修正を行い、引き続き「九龍」第2号の通信販売を着実に行っていきたい。(通販に関してはSF研内で会議を行って詳細を決定し、そののち正式に告知を行う予定)

結果

・機関誌を40冊以上頒布し、印刷代の3分の1を回収した

・盗難、詐欺等の被害に遭わなかった

良かった点

著作権者に直接連絡を取り、著作権に配慮した機関誌制作を行った

コミケに無事参加し、トラブルなく撤収した

反省点

・機関誌制作における作業的負担と金銭的負担が一部の会員に偏った

・敷き布や看板を準備しなかったため、ブースの訴求力に欠けた

・接客の声が小さく、声の通る一部の会員が接客を行わざるを得なかった

・価格設定が高く、購入を断念する人が多かった

修正案

・機関誌制作に参加する会員間での負担の公平化(例:台割の制作、担当頁数の明確化)

・敷き布、ブックスタンドの購入、試し読み無料ペーパーの作成

・興味を示している参加者への声かけ、明朗な接客

・機関誌の分冊化、減量化を行い、適切な価格帯での頒布を行う

後日発覚したこと(2019年1月6日追記)

・私(下村)が単独で校正を行った箇所に複数個の誤字が確認された

→必ず複数人数での校正を行う

・通販に関する問い合わせ・ツイートが散見された

→事前に通販については具体的な方針を決定し、早めに告知を行う

購入報告等

購入報告第一弾。お買い上げありがとうございます。やはりハヤカワ文庫の装丁を真似させていただいてよかった。本体だけのパロディとはいえ、話題性は抜群。見た目だけでなく、中身も他のSF研の刊行物はおろか、商業誌と比べても遜色ない出来に仕上がっていると自負している。

京大SF研OBの曽根卓さんにご購入いただきました。写真にある『九龍』第2号の巻頭言は、京大SF研が2011年に発行した『伊藤計劃トリビュート』の巻頭言のパロディとなっており、計劃の死後に計劃の作品を読み始めた私たちによる回答でもある。同じく曽根卓さんが刊行された『改変歴史SFアンソロジー』の装丁がハヤカワ文庫SFのパロディとなっており、これに憧れて製作したのが『九龍』第1.5号と第2号だった。もしかすると誰にも知られないままだったかもしれないが、まさか御本人に拾っていただけたとは。『九龍』を作って本当に良かった。

作家の北原尚彦さんにご購入いただきました。自分の書いたものが、自分が読んだことのある作家の方に読んで頂けるとは……。話題にしては貰えるかな、と思って作ったものの、話題どころか実際に手に取っていただけるとは考えてはいなかった。つくづく、作ってよかった。カバー……。本当に、カバーだけが心残り。流石に1冊当たりの原価が4桁に到達するのは恐怖でしかなく、あと一歩踏み切れなかった。

*1:表紙の異質さからサンリオSF文庫を代表する一冊。書影は下記のような具合。この本をコミケ参加者で満員となっているりんかい線のドア正面で読んでいる大男がいるのだから二度見、三度見するのも当り前である。

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『猫城記』表紙(HP「サンリオSF文庫の部屋」さまより)