SF游歩道

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未訳SF紹介Ⅱ『偃師伝説』(潘海天)

書籍情報

作者:潘海天

形態:短篇小説

 

あらすじ

周の穆王は、笑顔を見せない盛姫の笑顔を引き出すために、国の内外を問わず芸に覚えのある芸人や俳優の類を無数に呼び寄せた。しかし、どの芸人も盛姫の笑顔を引き出すことは出来ず、穆王は失敗した芸人を次々斬り捨てた。

そんななか、「時間旅行者」と名乗る黒い袍を着た男が突然王の前に出現し、持参した紆阿という傀儡の舞を披露した。すると盛姫ははじめて笑顔を見せ、穆王は時間旅行者をほめたたえた。

三日三晩に渡る王の宴会が開かれる中、盛姫は傀儡を想う。あれだけ多くの芸人たちがいた中で、ただ傀儡のみが、私を喜ばせるために芸を披露してくれた。その「やさしさ」に触れた盛姫は、傀儡が自分の喜びのためだけに舞っていたと知りながら、傀儡に自分への愛を願った。

恋心を抑えきれず、ひとり佇む盛姫のもとに、傀儡がやってきた。限られた命しかもたない傀儡は、自身の命があと数日で終わることを盛姫に告げる。そして、胸に高鳴る不思議な気持ちがあるということも……。

一方、ふたりの交流を陰から穆王が盗み見ていた。穆王は傀儡が自身の妃を誘惑したことに激昂し、嫉妬した。怒りに駆られた穆王は、傀儡の討伐を命じた……。

 

作者紹介

1975年福建省の生まれ。精華大学で建築学を専攻した建築士であり、中国SF第3世代を代表する作家のひとり。

レパートリーはひろく、SFからファンタジー幻想文学まで幅広い著作で知られる。精彩で抒情豊かな文体が人気で、これまでに4度銀河賞を受賞している。(銀河賞は中国のSF文学賞

「硬科幻」(ハードSF)が根強い人気を保つ中国において、「軟科幻」(非ハードSF、例を出すならブラッドベリの作品やチャン『バビロンの塔』、キジ・ジョンスン『霧に橋を架ける』などが該当するか)の立場を鮮明にして活動しており、従来の中国SFの潮流と比較すると異色の存在であると言える。

代表作に、今回紹介する『偃師伝説』のほか『克隆之城』、『大角快跑』などがある。

 

作品紹介

この作品は『列子』湯問篇に書かれた穆王の故事に由来する歴史SFだ。(『列子』湯問篇は岩波文庫版の下巻などで読むことが出来る。)この作品が発表されたことをきっかけに、中国では歴史SFのブームが発生したのだという。

 

原文は古典からの引用や華美な修飾語に彩られた、きらめくような文体が特徴。特に中国語独特の一語ごとの情報量の多さがさらに強調されており、他言語に写し取ることは到底不可能なほどに情報が詰め込まれている。

物語の目線や語り手が錯綜する部分があり、近代文学らしくない、口承文学のような趣も見せる。この語りこそが、日本文学でも西洋文学でもない、昔から語り継がれてきた馴染み深い中国の物語という印象を決定づけるものだ。

恐らく、海外文学の翻訳体に慣れている人であっても、この小説にはかなり違和感を感じるのではないかと思う。特に、登場人物の論理構造、セリフの論理構造はかなり異質で、従来の西洋諸語から日本語への翻訳文とはまったく異なるものだと断言出来るほどだ。

しかしながら、その違和感こそ、中華SFの中華SFたる最大の特徴だ。もし、中華SFの物語の構成や語り口が西洋のSFとまったく同じだったとしたら、その作品が中華SFである必要はまったくないはずだ。同じ漢字を共有し、同じ文化圏にありながら、語り口も、着想も、文学的表現もまったく異なる。近くて遠い国だからこそ、興味がそそられるのだ。

今最も注目される中華SFの中でも、珠玉の作品がこの『偃師伝説』。SFだけでなく、中国の歴史や文化、文学に興味をもつ人ならば誰でも間違いなく楽しめる一作だ。

 

感想

すごく面白い。(翻訳者がいうのもなんだが)

原文のきらめき、日本とは異なる中国文化、異質な語り口、歴史のロマン、許されざる恋、命への思案。それらが結びついて、これまで読んだことのないような物語を成している。

この作品は、やはり中華SFでしか描かれないものであり、その魅力はあらゆる場所と時間で通用するものだ。中華圏の人だけが『偃師伝説』を占有しているというのは、あまりにも羨ましく、そしてあまりにも勿体ないとさえ思ってしまう。

勧めてくれた後輩に深く感謝しつつ、自分がこの作品の訳者になれたという幸運に恵まれたことにも感謝したい。

 

中華圏のSFやファンタジー幻想文学は数多の古典のうちにその系譜を見ることが出来る。それをほぼそっくりそのまま現代で発表したのがこの『偃師伝説』であり、中国の歴史そのものの結晶とも言えるだろう。

原文があまりにも完成された作品であり、翻訳するうえで私の冗長な筆がその調和を乱してしまうのではないかとも考えたが、国内に紹介しないことには決して触れられることのない作品であるので、思い切って翻訳するに至った。

「人と人ならざるものの恋」という主題は、古今東西を通じて多くの物語で主題とされたものだ。そんなありふれた主題の物語をなぜ読んだのか、なぜ翻訳したのか。それは、この物語が現代中国の知性によって描かれた物語であるというところにある。

前述の通り、「人と人ならざるものの恋」という主題に、古今東西を問わず多くの人が解答を与えてきた。『人魚姫』、『美女と野獣』、『一寸法師』、『BEATLESS』、『her』。しかし、この中に、現代中華圏の作品は存在しない。この知られざる『偃師伝説』という解答を、日本に向けて紹介する必要があったのだ。

とはいえ、これはあくまで翻訳の後付けの理由に過ぎない。実際にはこの作品を面白いと感じたから、日本でも楽しまれるだろうと思ったから訳したのだ。特に難しいことは考えず、単純に物語とその語り口、そしてこの物語が描き出す遥かなる中国の歴史を楽しんでいただきたい。

 

翻訳者が出しゃばってこういうことを言うのはあまり誠実な姿勢ではないとは思いつつ、改めてほかの国の作品にはない魅力があることを強調しておく。

この作品が、日本における中華SFの普及に少しでも貢献し、翻訳・紹介が進むきっかけになれば幸いだ。

 

翻訳とその入手方法について

天津一と下村思游の共訳による『偃師伝説』の訳文は、東北大学SF・推理小説研究会の機関誌「九龍」第2号(2018年冬刊行、コミックマーケット95や通信販売にて頒布予定)に掲載される予定だ。したがって、厳密には未訳作品ではないものの、この「九龍」第2号の宣伝も兼ねてここに紹介することにした。

東北大SF研の中国人留学生である天津と一緒に翻訳をしようという話になり、私が日本人好みの中華SF(テッド・チャン『バビロンの塔』、劉慈欣『円』、ケン・リュウ『良い狩りを』、夏茄『百鬼夜行街』、郝景芳『折りたたみ北京』)を提示したうえで、天津に選んでもらった。

中国語を独学し、事あるごとに天津に教えてもらいながら翻訳を進めることになった。一段落一文で構成される、一文が異常に長い原文や中国語独特の表現に苦しめられつつ、なんとかすべて訳すことが出来た。

今回の翻訳における一番の思い出は、最後の一文を訳すために日中英の三か国語をフル活用したことだ。ふたりとも、ぼんやりと意味を掴めるものの、中国語の文意がどうしても日本語にならなかった。一時間弱議論して、互いの母語ではそれぞれ先入観があり決着がつけられなかったため、一旦中国語の原文を英語に訳し、構造を把握したうえで改めて日本語に訳した。たった一文のために一時間半ほどを費やしたのだった。

しかし、それだけの時間をかけた甲斐のある一文になったと思う。この一文こそ、この小説の根幹を成す印象深い一文だ。自分で海外の作品を翻訳することで、翻訳者の苦悩と楽しさを実際に味わうことが出来、文芸作品の新たな面白さに気付いた。

このほかにも、原文に引用されているハイネの詩の一節から元の詩を特定し、さらにその一節をドイツ語原文から日本語へ翻訳したり、熟語中の漢字一字を日本語に訳すか訳さないかで一時間に及ぶ論戦をしたりと、いろいろと思い出はあるのだが、書きはじめるときりがないのでここまでにしておく。

 

版権について

今回『偃師伝説』を翻訳するにあたっては、『偃師伝説』を掲載し、現在も版権を持っている中国のSF雑誌「科幻世界」編集長の姚海軍氏に直接連絡を取り、同人翻訳に限って許可をいただいている。

著作権のある作品に関しては、必ず著作権者に許可をいただいたうえで翻訳するよう徹底していただきたい。