SF游歩道

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要素マシマシ、カオスだけど意外と予測は当たっているディストピアSF━━『2018年キング・コング・ブルース』(サム・J・ルンドヴァル、サンリオSF文庫)

書籍情報

作者:サム・J・ルンドヴァル

訳者:汀一弘

出版社:サンリオ

形態:長篇小説

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書影:HP「サンリオSF文庫の部屋」さまより引用

解説・感想

サンリオSF文庫紹介の第一弾。作者ルンドヴァルはスウェーデン人。ただでさえキワモノが多いサンリオSF文庫において、2018年(今年)でディストピアキング・コングスウェーデンと、異常にコテコテな作品になっている。

まずは作者の解説から。サム・J・ルンドヴァルは1941年スウェーデンストックホルム生まれのSF作家、翻訳家、編集者、写真家、漫画家、評論家、装幀家、映画監督、シンガーソングライター。11歳でSFラジオドラマの台本を売り、義務教育終了後に電話会社に就職。その後64年から67年にかけてストックホルム大学で写真技術を学んだ。在学中の65年には映画を作り、シンガーソングライターとしてもデビュー。68年にテレビ局に就職してプロデューサーになった。英語にも堪能で、英米のSFをスウェーデン語に訳したり、自作を英訳して売り込んでいたらしい。ほかにも自分で出版社を設立したり、SF雑誌を創刊したり、アンソロジーを編纂したりと、多方面で活躍したスウェーデンSFの父と言える存在。スウェーデン版の小松左京みたいな感じか。ちなみにまだ存命である。

 

さて、内容である。

先に断っておくが、この作品にキング・コングの要素は全くない。残念。

この作品はグローバル企業とコンピュータに支配されたディストピアを描いたSFである。ディストピアものとしてだけでなく、この作品が書かれた1974年における純粋な未来予測としても読むことが出来、結果2018年現在の状況がかなり正確に予測されていて非常に驚いた。特に人口面では、世界人口が70億人(文中では7兆人となっていたのだが、文中の他の箇所や常識的な考えから、billion[十億]とtrillion[一兆]を間違えたのではないかと思う。詳しくは後述)というのは見事に現実に合致している。基本的に古典SFの未来予測は「現実がその甘い予測を大きく上回る」といった形で破られる、ということを考慮すると、恐らく書いた当時は「実際の2018年の人口は70億よりももっと少ないはずだ」と予想して大げさ過ぎるほど多めに設定したのではないだろうか。この世界の現状が、いかに危ういかが感じ取れる。

一方で、世界中すべてのコンピューターの数が数十万程度だという記述もあって、予想を外してはいるものの、これもまた今のモバイル機器に囲まれた環境がルンドヴァルの想像をはるかに超えていたことを示している。この小説の中で、ルンドヴァルはたった数十万程度のコンピュータで人間社会は完全に支配されるとした。(しかもテキストに厳密に従えば、7兆人もの人間が!)そして現実の2018年に目を向けると、世界中で何十億という人が各自のスマホをもち、また職場や家庭に複数台のパソコンをもっている。この途方もない数のコンピュータの間で生活する現代人は、果たしてコンピュータに支配されていないと言い切れるのだろうか。今現在もパソコンやスマホでこの記事を書いている私自身は、とてもそう言い切る自信はない。

この作品の裏表紙に書かれた売り文句から、この作品は当時としてはかなり暗澹たる予測、現実となって欲しくない否定的な予測として認識されていたのではないかと予想される。以下、実際の裏表紙から引用する。

(前略)本書は発表されるや、その暗い予測の故に激しい論争を呼び、たちまちベストセラーとなり、世界各国に翻訳された。30年代の『素晴らしい新世界』、40年代の『1984年』、60年代の『時計じかけのオレンジ』が担った意味を70年代で担うスウェーデンSFが誇る衝撃作である。

素晴らしい新世界』、『1984年』、『時計じかけのオレンジ』と並べるとは、かなり思い切った文句だなと言った感じである。実際に現在同じ並びで扱われることはないが、サンリオが拾い上げなかったら早川も創元も翻訳しようとはしなかったのではないだろうか。残念ながら話の流れに若干精彩を欠いている上、スウェーデンのSFであるので、本作は本来ならば日本で紹介されることのなかったはずの作品である。しかしそれを紹介し、絶版になったとはいえ何とかこの2018年にこの作品を伝えることが出来たのはまぎれもなくサンリオの功績のひとつである。あの時代に非英米系のフランスや東欧のSF、南米のスリップストリーム文学、そしてニューウェーブSFを日本に紹介したのは他ならぬサンリオSF文庫だった。内容に相当ばらつきがあるとはいえ、その功績は大きい。サンリオSF文庫が廃刊にならずに今も存続していたならば、今のSF市場はどう変わっていたのだろうか。

また、この物語では、核兵器が非常にリーズナブルなものになったという設定がある。ありとあらゆる武装組織が核兵器を持ち、世界中で核テロが危惧されるという、『虐殺器官』の世界観とも共通する部分が見られる。これだけでもなかなか心躍るのだが、その中でも格別に面白かったのが、全世界に8000万人の信者を持つ日本のカルト教団<ソーカガッカイ>が水爆を保持している、と言う噂があるというくだり。核に包囲されたお先真っ暗な世界情勢の話を真面目にしている最中に急に出てきたので、思わず笑ってしまった。北欧でもやはり認識は同じなんだろうかとか、そもそも74年当時で既に相当海外に進出してたのだろうかとか、8000万人も信者がいたら国家がひとつ出来そうだなとか、色々と考えることが出来て楽しかった。こういう過激な側面もあるので、やはりサンリオ以外では紹介されなかったかもしれないと、改めてサンリオSF文庫と言うキワモノレーベルが存在していたことに感謝の念が膨らんだ。

 

最後に誤植*1に関しての話である。

まずは前述の人口の件について。作中で、世界人口が7兆人だという記述があるのだが、これを読んだときに流石に疑念を抱いた。現在(現実の2018年)の世界人口がおよそ70億である。7兆人となると、現在の人口よりもなんと1000倍ということになる。人口が減っている日本ですら過密に苦しむ地域があるというのに、この作中の世界はその1000倍もの人口を抱えているということになる。人類が宇宙に進出しているというわけでもなさそうだし、にわかに信じがたい数字である。その上、「アメリカ大陸から150万人も移動させれば、多少は過密が解消される」という旨の発言が作中であったので、現実的に考えて70億人であると考えるのが妥当であろう。流石に何兆人から何百万人引いたところで焼け石に水という感じが拭えない。

そして単純な誤字について。作中でストッキングの「伝線」の描写があるのだが、それが「電線」と書いてあって、サイバーパンク的な表現なのか、それともただの誤字なのかで混乱を招くような部分があった。こんな単純な誤字・誤植を修正できないのは校正が機能していなかったからなのではないかと疑ってしまう。翻訳の質が悪い作品があるのも、同じく校正が機能していなかったせいなのではないかとも連想してしまう、そんな不信感を招く間違いだった。

 

以上、サンリオSF文庫紹介ということで第一弾、サム・J・ルンドヴァル『2018年キング・コング・ブルース』を紹介した。もしかしたら、将来的にあらすじやもうちょっと踏み込んだ研究などを追記するかもしれない。

近年、サンリオSF文庫の作品がちくま文庫河出文庫などで復刊が進んでいること、また古書市場における人気が落ち着いてきたことで、サンリオSF文庫の作品群に手ごろな価格帯のものが増えてきた。この記事が、独特な魅力をもつサンリオSF文庫に興味を持つきっかけになったならば、幸いである。

*1:誤植はサンリオSFの名物。ひどいものでは、巻末の同文庫の広告欄で本来「〇〇 〇〇訳」としなければならないところを「〇〇 〇〇訳」としてしまったという、とんでもない間違いが発生しているものも存在する。ギャグなのかそうでないのか全く判別がつかない。