SF游歩道

語ろう、感電するほどのSFを!

日本SF界の爆心地・草野原々の驚異の処女作品集━━「最後にして最初のアイドル」(草野原々、ハヤカワ文庫JA)

書誌情報

作者:草野原々

出版社:早川書房ハヤカワ文庫JA

形態:中短編小説集

最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)

最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)

 

収録作品

『最後にして最初のアイドル』

『エヴォリューションがーるず』

『暗黒声優』

感想

日本SF界の爆心地・草野原々の第一作品集。表題作『最後にして最初のアイドル』で2016年の第4回ハヤカワSFコンテスト特別賞を受賞しデビュー。基本的にやべえとしか言えない作風で、伊藤計劃以後の封鎖された日本SF界に彗星のごとく現れ、話題をかっさらっていった。原々には直接会って話したことがあるのだが、もうやべえやつとしか言いようがなかった。この件に関しては、後々別のところで話をしようと思う。

以下収録順に感想を述べる。

表題作『最後にして最初のアイドル』は原々のデビュー作にして第48回星雲賞日本短編部門受賞作。山田正紀の『神狩り』以来42年ぶりとなるデビュー作にして星雲賞受賞作というのだから、末恐ろしい才能である。この作品集では(当然ではあるけれど)間違いなく一番の出来。日本のSFの新しい潮流はこの原々にある。わくわくするものを全てぶちこみ、原々自身の「危うさ」と「理性」を絶妙な匙加減で融合させた奇妙な傑作。

出だしから始まって、長く馬鹿SF的な展開が続く。途中スプラッタ的展開が挟まったり、オールディスの『地球の長い午後』のような珍生物が登場したり、独力で宇宙開発をしたりと面白い流れがあるが、それも概して言えば馬鹿SF的と言えるだろう。この印象が大きく転換するのが、アイドルと意識の関係へ言及する場面である。ここから物語は流れるように進んでいき、一気に様子を変える。哲学的考察によって、この物語は急激に思弁性を帯び始める。 意識の獲得に関する考察から宇宙論へと話は展開していき、時空を超えてメタ構造に昇華する。話の終わりも終わりで目まぐるしく話題と舞台が転換していく。これこそ原々の言う「ワイドスクリーン・バロック」の要素である。 この作品では、意識が重大なテーマとして扱われている。同じように意識を扱った近年のSFでは、伊藤計劃の『ハーモニー』が挙げられる。詳しくは伏すが、この作品は、「伊藤計劃トリビュート2」で本人が言っているように、『ハーモニー』と対を成す物語であると言える。

ちなみに、この作品はまず電子書籍として単発で早川書房から発刊され、後にハヤカワ文庫JAの「伊藤計劃トリビュート2」と「最後にして最初のアイドル」に収めれているが、電子版と物理版とで細かな修正が入っている。本当に細かい部分ではあるのだが、気になる方はぜひ探してみて欲しい。もし原作を読まずにこの記事を読んでいる人がいるならば、是非電子書籍版を買おう。自販機のジュース1本買うくらいの値段で、人生がまるっきり変わってしまう作品に出会えることだろう。

 

『エヴォリューションがーるず』は昨年電子書籍として発刊されたデビュー2作目となる作品。この作品も表題作『最後にして最初のアイドル』と同様、オタク的なキーワードを哲学で固めた作品。『けものフレンズ』全盛期に発表され、「ソシャゲ」と「異世界転生」が融合したことで、各方面で話題になった一作でもある。

自分個人のSFに対する信条として、SFは時間を隔ててもその価値が揺るがないような普遍性を備えていなければならないと思っている。例えて言えば、星新一の作品群や、筒井康隆のブラックユーモアSF、小松左京の戦争SFのような、読む人、読む時代に左右されない作品が普遍性をもつSFだ。しかし、この『エヴリューションがーるず』は同時代の流行語をミックスさせた、時代性そのものと言える小説だ。普通のSF作家なら、作品が普遍性をもつように考え抜き、時代的なものを削除して書き上げるものだが、原々は自分こそが時代だと言わんばかりに、時代的なものだけを使って自分の作品を書き上げた。そうして出来上がった作品が普遍性をもつかどうかはまだ分からないが、後々まで語り継がれる作品となるのだろう。哲学的洞察を時代性で包んだこの作品は、作品の普遍性だけを評価対象としていた自分に大きな変化を与えた。その点で、自分の中では重要な位置を占める作品である。

 

『暗黒声優』は本短篇集の書下ろし作品。去年の夏の日本SF大会で初期構想を聞いていたので、どんなものかと思って大いに期待していた。その初期構想というのが、「声優が声を使って知覚外生命体と接触するうちに、脳が変容し、人ならざる者になる」とかそんな感じだったので、それよりはまあまともかなといった印象だった。(この初期構想は早川の編集者に没にされた上、その場にいた池澤春奈に「声優を何だと思っているのか!」と突っ込まれていた)

今作の内容に話を戻すが、冒頭2頁目で殺人が起こっていたのには爆笑した。原々にとっては全く平常運転であると言える。その冒頭で現代科学ではその存在が否定されている「エーテル」が登場したり、声優の醜怪な発声管の描写があったりと、馬鹿とグロは今回もエンジン全開。一方で「エーテル」の存在下の世界を描いたハードSFとしても非常に面白い。全くとんでもない才能があったものだと感心してしまった。作中に散りばめられた声優ネタや百合ネタからして、原々は楽しんで書いているんだろうなと感じた。個人的には、レイノルズ数だとか、エーテル流だとかつい最近履修した科目の内容が出てきて非常に楽しかった。

 

 

表題作『最後にして最初のアイドル』は間違いなく日本のSF史に残る傑作となるだろう。この作品を読んだ時の衝撃と興奮は、たぶん忘れることはないだろう。原々曰く、この作品はオラフ・ステーブルドンの『最後にして最初の人類』と『スターメイカー』をモチーフとしているらしいが、現時点でまだ両方とも未読のため詳しいことが分からない。(しかも単行本の上に版元品切れ!再版を強く望む)

この短篇集を原々との出会いからずっと待ち望んでいた。これまで電子書籍かアンソロジーしかなく、物理書籍として初の単著となった本短篇集。可愛らしいイラストを表紙にもらっているのに、お話が始まって20頁ほどで奇怪な肉塊に魔改造されてしまう。折角表紙の折り返し部分にまでイラストを描いてもらってるのに……まあ原々だからね、しかたないね。

最後に、苦言になってしまうのではあるがひとつ。原々の作品はどれも面白いのだが、馬鹿みたいな導入からの哲学的な転換と収束という話の展開は、原々の特色として完成していると言ってしまえばそれまでだが、少し紋切型になっていると感じた。作品の発想は非常に面白いので、原々の更に異なる面を見たい。まだ商業作品は3作、さらに高い次元の作品世界に連れて行ってほしい。