SF游歩道

語ろう、感電するほどのSFを!

プロフィール

自己紹介

下村思游(しもむら しゆう)

東北大学SF研究会元会長。東北大学理学部物理学科在籍。

SFファン歴はたぶん10年以上。最初に読んだSFは星新一のショート・ショート集『ボッコちゃん』。

1000冊を超える蔵書とともに日々の生活を過ごしている。

専門は日本SF御三家(特に最初期筒井康隆)、円城塔サンリオSF文庫

中華SFの翻訳・紹介をはじめたほか、英語圏のSF短編の翻訳にも挑戦中。

このブログでは、書評やSFの本(主に文庫本)の話を中心に少しずつ書き足していく予定。あまりこう文句を言う人もいないと思うが、各記事では思いっきり内容に言及してるので、未読の作品に関しては気を付けてほしい。

連絡先は本ページ一番下に記載しています。

好きな作家

星新一筒井康隆小松左京伊藤計劃円城塔、草野原々

レイ・ブラッドベリフィリップ・K・ディックフレドリック・ブラウンテッド・チャン、ケン・リュウ

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東北大SF研の10冊(令和元年8月)

未来の東北大SF研会員、そして未来のSF読者に向け、SF研内で少しばかり相談をし、10冊の本を選んだ。世間はこれから夏休み、この文章をSFの面白さに触れる参考にしていただけたらと思う。

別にこれらを読んでいなければSF研には入れないわけでは決してない。新入生に対して何十回と同じ話をしてきて、流石に飽きてきたため文章としてまとめた次第である。

基本的に、東北大SF研で新入生に対して読んでもらっている順番の通りに挙げていく。作品に対する説明は省いた。

 

ボッコちゃん (新潮文庫)

ボッコちゃん (新潮文庫)

 
ようこそ地球さん (新潮文庫)

ようこそ地球さん (新潮文庫)

 

現在の東北大SF研でもっとも特徴的なのが、新入生に対して星新一のこの2冊を渡して読んでもらうというところにあるだろう。

とりあえず最初に『ボッコちゃん』『ようこそ地球さん』を読んでもらい、また次に会った時に話をして、作品の感想を聞いたりどのような作品が好きかという話をしたりすることを通じて、薦める作品の方向性を決めていくのがこの2冊の役割。

はじめて読む人で面白くなかった、という人はいなかったし、たとえ読んだことがあったとしても、この2冊を読み返して新たな気づきがなかった、という人はこれまで1人としていなかった。

東北大SF研は、東北大推理研と合併して東北大SF・推理研というひとつの大きなサークルを構成しているため、全体としてはSFをよく読む人たちと、ミステリをよく読む人たちの大きく分けて2通りの人がいる。 そのどちらをも対象とするのがこれまでに挙げた3冊である。

この作品なら、本が好きな人ならだれでも好きだろう。無論、東北大SF研では絶大な人気を誇る。

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

 
しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)

しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)

 

この2冊もワンセット的な扱い。「SF読むならチャン、イーガン」という金言が伝わっている。チャンはほかに候補がないが、イーガンは「ルミナス」の『ひとりっ子』、「ワンの絨毯」の『祈りの海』と差し替えることも考えられる。これに関しては、読み手側の嗜好によって変わってくるところだろう。 

文字渦

文字渦

 

東北大SF研で円城塔は避けられまい。円城塔を読んでくれればそれでいいのだが、『Self-Reference ENGINE』と悩んで『文字渦』にした。反応は上々。 

円城塔を読んだらレムにつなげていきたい。『完全なる真空』『虚数』とも迷ったが、劉慈欣「三体」への接続を考えて本作に。

名前だけ有名で読まれていないこの本。最近ではもはや『エヴァ』すら知らず、本作も知らずという人ばかりなので影響力の減退が強く示唆されている。「101号線の決闘」のキャッチ―さが大好評で、表題作ももちろん人気。 

伝奇集 (岩波文庫)

伝奇集 (岩波文庫)

 

これについても円城塔、レムからつなげていきたい。レム『虚数』『完全なる真空』を挙げなかったのはボルヘスを挙げるつもりだったからというのが真相。ただ、中国SFで劉慈欣「円」と同水準の作品が2,3作も収録された短篇集などが刊行されれば、それと交代するだろう。

クローム襲撃 (ハヤカワ文庫SF)

クローム襲撃 (ハヤカワ文庫SF)

 

最後はギブスン。「ニューロマンサー」やスターリング『蟬の女王』、そして中国SFとで悩んだが、まだまだ中国SFが洗練されていないことと、ギブスンなしのサイバーパンクなどありえないこと、そして「ガーンズバック連続体」と「冬のマーケット」を収録していることを考慮して『クローム襲撃』を選んだ。

 

ここに挙げた10冊には、基本的に説明がなくても楽しめて、バランスよく取りそろえたつもりだ。

欲を言えば、ティプトリーの『愛はさだめ、さだめは死』やオールディスの『地球の長い午後』、ディックの『マイノリティ・リポート』なども入れたかったがその余地がなかった。国内作家も小松左京筒井康隆はじめまるごとごっそり落ちている。

10冊だけでSFのすべてを概観することは到底不可能だ。そのうえで、この文章を読書の参考にしてもらえればと思う。

 

 

 

 

なぜこのような文章を書いたか。率直に言えば、京大SF研における同様の記事を目にしたからである。要は、自分たちも選んで楽しもうという魂胆だ。

clementiae.hatenablog.com

結果、チャン『あなたの人生の物語』、イーガン『しあわせの理由』、エリスン世界の中心で愛を叫んだけもの』の3冊が一致した。比較すると、一致していない作品群から風土の明確な違いというものを確認出来て面白い。

反『君の名は。』としての『天気の子』試論

新海誠監督の新作『天気の子』を公開初日に鑑賞し、面白くなかったと感じたし非常に疑問点が多かったのでこの文章を書くことで整理したい。

 

前作『君の名は。』は、物語の構造とその論理性、そして“なぜその物語を物語らなければならないのか”という問題に対してその物語の中で回答を示した自己言及性において、自分の理想とする完璧な作品であった。

前作の成功が完全に論理的に導かれた必然的なものであり、かつこの物語の完成度を超えることは論理的に不可能であると理解していたので、今回の『天気の子』でどのような物語を展開するのか非常に気になっていた。

 

結論、本作は『君の名は。』の逆の物語構造を忠実に行った作品である。両作でなにが対立しているのかということを、整理しながらひとつひとつ見ていきたい。

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2019年上半期の読書整理記

平成が終わり、令和が始まった2019年。新しい時代の訪れとともに読んだ本を整理し、大学生活最後の半年に繋げていこうと思う。

 

下半期のベスト10

1.ディアスポラ」(グレッグ・イーガン山岸真、ハヤカワ文庫SF)

ディアスポラ (ハヤカワ文庫 SF)

ディアスポラ (ハヤカワ文庫 SF)

 

実は読んでいなかったSFの最高傑作のひとつ。これをやられてしまったらなにもいうことはない。

ただ、物理を専攻するものとして、イーガンにすこし反論したい部分もあるのだが、それはまた別の機会に。”SF初心者殺し”として有名な本作だが、面倒なのは冒頭の部分だけ。むしろ全体を通してみれば「万物理論」の方が数段格上。 続きを読む

VRのSF性に関するメモ

VR技術をSFファンとして体験し、そのSF性について重要な発見をいくつかしているので、その感動を忘れないうちに記録しておくことにした。

あくまでメモ程度であるので整理はされていない。とにかくこの発見を記録しておくことが最優先事項であると判断した。

 

私が経験したVR体験は以下の通り。

 

 

 

以下が私のメモ。

  • ティプトリー接続された女」で示された"女の演じる女と普通の男との恋愛"という想像力は、"男の演じる女と男の演じる女との百合を男の演じる女たちが見守る"という地獄のような現実に上塗りされた。
  • "アイデンティティの喪失"という、SFにおける古典的な恐怖が、VR空間ではいとも簡単に、楽しむべき行為として行われている。これは「変容」のSFとしてのサイバーパンクにほかならない。
  • VRでは何者にもなれるのに、なぜあなたはあなたのままでいるの?
  • 同じ女になるにしても、ハイヒールや化粧、カツラなど"要素の追加"によって女になる現実とは異なり、VRでは低身長化、手を小さくするなど現実では出来ない"要素の削減"という方法が採れる。シークレットブーツで身長を足したり、手袋をはめることで"大きくする"ことは現実で出来る。しかし、背を低くしたり、男の大きく太い手を、女の小さく細い手にすることはVRでしか出来ない。この"削減"こそVRの本質である。
  • 従来のサイバーパンクは「変容」の手段として、"拡張"や"世界の上書き"ということをしていた。VRは体験者自身に作用することで「ものの見方」を物理的に変えてしまう。SF小説やSF映画がわざわざ"世界"を描写して現実味を持たせなくても、VRならVRただそれだけで、おのずから「ものの見方」が変わる。これはセンス・オブ・ワンダーそのものである。
  • 東北大SF研バーチャル会員、卜部理玲ちゃんの電脳ボディは、Vtuber計画に携わる会員の間で便宜上「義体」と呼ばれている。完全に「攻殻機動隊」の世界である。
  • VRゲームなんかしなくてもよい。「義体」に入ることこそが、VRの本質的なSF性を知ることである。VRゲームは所詮現実の上塗りに過ぎない。文字で書いてもこれは絶対に伝わらない。「ただそこにいることがSFである」という直接的な体験でなければ、これは分からない部類のものである。
  • Google Earth VRがすごい。仲間内で楽しむ間に、VRストリートビューを用いた「VR帰省」なる遊び方が開発された。ただしゲロゲロに酔う。一気に「うぷっ」となるので、VRにある程度慣れてから行うべき。体感20分が限界(25分くらいで一気に来る)。
  • HTC VIVEは非常にトラッキング精度が高いため、視点移動や通常の移動では全く酔わないが、Google Earth VRで空中にいるときに後ろ向きに飛行すると一気に来る。肉体の限界がVRの限界である。
  • 上記のVR酔いの対処法として、酔い止めを飲むのが現状の最適解ではないかと考えられる。この「薬物(酔い止め)で身体強化し、ネットにダイヴする」という行為の圧倒的なサイバーパンク感。
  • HTC VIVEを使用しているときの、その使用者の見た目が完全に「接続された女」。混線等を防ぐには、原理的に有線式が勝る。サイバーパンクは正しかったということである(サイバーパンク的な見た目を意識しているという可能性を排除しきれないが)。
  • より本格的に全身で動くVtuberのオペレーター(中の人、演者)はVRデバイスに繋がる線を天井から垂らし、体に絡まらないようにしているらしい(完全に「接続された女」)。
  • ネットにダイヴする人(HTC VIVEオペレーター)、そしてそれを補佐するバックアップ(デスクトップPCオペレーター)という構図が完全にSF。
  • 総合して考えるに、完全に「攻殻機動隊」というか、士郎正宗のヴィジョンがすごかったという結論に至る。
  • VRChatはその技術的障壁、金銭的障壁によって非常にアングラな世界。著作権的にグレーどころか真っ黒なアバターや、R18的なアバターが闊歩する世界となっている。
  • その参入障壁の高さから、VRChatは海外のSF通やガジェオタ・技術者ばかりが集まる非常に面白い空間である。その一方、ワールド全体に飛び交うショッキングピンクの花火など、合法か疑わしいエフェクトやアイテムを持ち込む者もあり、セキュリティ面に不安が残る。

いちSFファンによるVRchat体験記

先日後輩宅でVRChatを体験してきた。ものすごく面白かった。

言葉を失っている。

かつてSFが描いた世界が、目の前にあった。VRChatを体験していたその間、私は、まぎれもなくSFだった。

あまりの衝撃に、ずっと整理できないでいる。この体験記を読む方は、この記事が整理されていないものであることに注意してほしい。

 

とりあえず、私の体験を写真とともに記録していこうと思う。(VRChat内にカメラ機能があるのだが、不慣れで下手糞なためモニタを直接写真に撮るという荒業で撮影した。そのためが質が非常に悪い点に関してはご容赦ください)

 

私がVRChatを体験したのは平日の15時ごろ。当然日本人はワールドにおらず、参加者はほとんど夜更かししているであろうアメリカのオタクだった。

一応VR体験はあったのでVR自体にはさほど驚かなかったが、それにしても、ゲームのような空間の中に私が立っているというのは面白いものだった。しかし、ここはVRChat、これまでのように空間内に自分しかいないというものではなかった。

周囲には、英語でコミュニケーションを交わすアメリカ人オタクが10人以上はいた。聞こえてくる声は全て男声だが、見える姿はほとんどがかわいい女の子のアバターである。

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写真1:"kawaii"文化交流

上の写真の彼女(彼?)とは、kawaiiムーヴで謎のコミュニケーションを行うことが出来た。手を振ると、きちんと手を振り返してくれた(かわいい)。しかも表情の変化も手動で行っていたので、なかなかの手練れであろうと推測される。

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写真2:インターナショナルバーチャル百合ムーヴ

私はプライバシー保護のためマイクを切っていたので結果として非言語コミュニケーションを行うことになったが、海を隔てているとはいえ、こんなところにいるものはみな同類である。写真1の彼女と出会ってすぐ、バーチャル頭なでなでを体験することになった。(写真2)

写真では非常に分かりづらいが、写真2の状況で、私本人の鼻先に彼の顔があった。VRChatはルームスケールVRなので、まさに実際に自分が他人のかわいいアバターと交流しているのと変わらない現実を体験することが出来る。

このような距離のことを「ガチ恋距離」といい、これこそがVRChatの醍醐味のひとつである。かわいいアバターと、実際に触れあえるのである。

おそらく当時その場所にいた日本人は私だけだったが、会う人はみな"kawaii"ムーヴ体得者であった。間違いなく、ネットの海を隔てて目の前にいるのはアメリカのオタク(しかも多分おっさん)である。しかし、目の前に見えるのは、写真1にあるように、笑顔で手を振り返してくれるかわいい女の子である(かわいい)。

これが現実に存在するのだ。SFの中でしかありえなかったような状況が、SFの想像力をはるかに凌駕した形で、いま私の目の前にあるのだった。この経験は、言葉では言えない。あなたが、あなた自身でもって体験しないと分からないであろう。(じゃあなんでお前はこんな文章を書いているんだ、ということになってしまうが)

 

名前も外見も知らない外人と"kawaii"を共有し、"kawaii"をともに作り上げる。「ちびのトースター」(おっさん)がバーチャル空間を平行移動で疾走し(写真撮影失敗)、バーチャル美少女(おっさん)とオタクトークし、美少女であるところの私(日本の大学生)に「きみかわいいね!」「しゃべれないの? お話ししようよ!」と英語で話しかけてくる。(外人にかわいいと言われたのは人生初でした)

美少女(写真1、2の彼女。おっさん)が虚空から刀を取り出し、「Show my SWORD!! Ninja Sword!!!! BOOOOM! BOOOOM!」と刀を見せびらかして振り回し、それを周りの美少女(おっさん)が羨ましそうに見ながらオタクトークをする。

小さい幼女(おっさん)が走ってきて、お花を渡してくれる。(写真3)

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写真3:花をくれた女の子(おっさん)

目の前に走ってきて、頭をなでてくれとせがむ幼女(おっさん)をなでる私。(写真4)

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写真4:頭をなでて国際交流

これらが、現実として、私の目の前にあった。たった15分ほどの出来事だった。これまで楽しんできたSFが、フィクションに過ぎないのだと体感した15分だった。

マトリックス」、「ブレードランナー」、「接続された女」、「ニューロマンサー」、「攻殻機動隊」、「レディ・プレイヤー1」、これらは素晴らしいフィクションだった。しかし、フィクションに過ぎなかった。それを私は体験したのだった。

 

 

 

Vtuber」、「バ美肉」、「VRChat」とSFらしい話題には最近事欠かないが、本当に、それらを実際に体験してそのSF性を論じた人間がいただろうか。SFに関わる人間できちんとこれらに言及している人間を、私はまだ見ていない。

それはそのはず、語るべき言葉を失うはずだからだ。私たちの体験していたSFは、虚構に過ぎなかったのだと、VRChatは目の前に、否定できない現実として突き付けてくるからだ。

 

フィクションの敗北を語る私に対して、「お前の文章表現が悪いのだろう」という反論を行うことは出来る。

しかし、私が感じているのは、構造としてのフィクションの敗北である。

私のVR体験は、現実である。それに対し、私のVR体験記は、フィクションである。そして従来のSFもまた、フィクションである。

現実は誰かの目を通した瞬間にフィクションになる。SFがフィクションである限り、現実としてのVR体験には勝てない。それを現実で私は実感してしまった。

 

おそらく、SFに深く携わる者ほど、この衝撃は大きいのだろうと思う。私の言いたいことは、とにかくVRChatを体験してほしいということである。言葉では語りつくせない。言葉で語れる感覚というものを、原理的に超越している。

とにかく誰かに体験してほしい。参入障壁は高いが、それだけに、いまは純粋な拡張された現実という現実を楽しむことが出来る。たのむから、はやく、VRChatに触れてほしい。

ブログ開設1周年の反省、今後の目標、その他よしなしごと

気がつけばこのブログを開設して1年が経っていた。

もともと継続的に更新するつもりだったとはいえ、1年の間にひとつひとつの記事が質・量ともに加速度的に重さを増していき、記事ひとつで1万字を超えることが珍しくなくなってしまった。

まあ、自分が楽しめていればまず目標達成なのでそれはよいとして、今後も継続していけるように、色々と書き残したいと思う。

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流行に先んずること40年以上、悲劇(?)の中華SF――「猫城記」(老舎、サンリオSF文庫)

書籍情報

作者:老舎

訳者:稲葉昭二

出版社:サンリオ

形態:長篇小説

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書影:HP「サンリオSF文庫の部屋」さまより引用

解説・感想

サンリオSF文庫紹介の第二弾。老舎は中国の作家ということで、この「猫城記」は今流行の中華SFということになる。流石はサンリオ、中国SFの流行を見事に見抜いていたのだ。惜しむらくはその流行が40年近く先であったことと、肝心の「猫城記」の内容がダメダメだったことだろうか。

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