SF游歩道

語ろう、感電するほどのSFを!

プロフィール

自己紹介

下村思游(しもむら しゆう)

東北大学SF研究会元会長。東北大学理学部物理学科在籍。

SFファン歴はたぶん10年以上。最初に読んだSFは星新一のショート・ショート集『ボッコちゃん』。

1300冊を超える蔵書とともに日々の生活を過ごしている。

専門は素粒子物理学(高エネルギー物理学)、加速器科学、教育学、日本SF御三家(特に最初期筒井康隆、最初期星新一)、円城塔、中国SF・中華SF。

使用言語は得意な順に日本語、英語(通訳は不可)、中国語(読むことのみ)、独語。高等学校教諭一種免許状(理科)取得見込み。

中華SFの翻訳・紹介をはじめたほか、英語圏のSF短篇の翻訳にも挑戦中。

好きな作家

星新一筒井康隆小松左京伊藤計劃円城塔、伴名練、草野原々、小川哲

レイ・ブラッドベリフレドリック・ブラウンテッド・チャングレッグ・イーガンホルヘ・ルイス・ボルヘス、劉慈欣、ケン・リュウ

各種連絡先

メールアドレス shiyuu.shimomura_at_gmail.com

Twitter @ss_scifi (下村思游)

御用命はメールにて承ります。

未訳SF紹介Ⅳ「永消失的電波」(拉拉)

書籍情報

作者:拉拉(La La, らら)

形態:短篇〜中篇小説(日本語で2万字ほど?)

 

あらすじ

遠い未来、ある時を境に科学技術をほとんど失った人類は、Lathmuという惑星で、原始時代さながらの厳しい生活を強いられていた。しかし、人類は宇宙からやってくる電波を解析することで、過去の技術を取り戻し、文明を再興させることが出来た。

主人公のNikuulaは、宇宙の遥か彼方からやってくるその電波の解析を行っていた。その電波を辿っていくうちに、Nikuulaは電波の発信者の過酷な運命を追体験することになる。

 

作者紹介

1977年生。インターネット関連企業に技師として勤務しており、作品にはその専門知識を反映した電波に関する作品が多い。中国人好みの“硬科幻”を象徴する作家のひとり。

代表作に「永消失的電波」。邦訳作品はない(2020年2月現在)。

 

作品紹介

本作は、2007年に中国科幻銀河賞*1第一席を獲得。これによって、本作は拉拉の代表作と誰もが認めるところとなった。ちなみに、この前年(2006年)には、劉慈欣『三体』が銀河賞の特別賞を受賞している。

本作の題名についてだが、まんま同じ題名で1958年制作の中国映画があるらしく、それが元ネタだと推察される。

 

作品の内容は単純に面白い。読んだ感覚としては大変古いタイプのSFの風味を感じ取った。50年代のアメリカSFのような雰囲気のある懐かしいタイプの作品で、誰が読んでもSFだと思うようなSFらしいSFというのも、人気の一因であろう*2

作者がエンジニアで、その専門知識を生かしてSFを書く、というのはアメリカのハードSFの特徴によく当てはまる。また、技術屋らしい硬科幻で、歴史に絡めた展開、未来への希望に満ち溢れた展望、そして人類を見晴らすような高い視点を保とうとしている姿勢など、中国のSFファンの好む要素が詰め込まれた作品であることも容易に読み取れる。この作品を日本に紹介することで、中国のSFファンがどのような作品を好むのかということを、実例をもって理解することが出来るようになるだろう。

 

余談

今回は、中国語の原文をそのまま読みつつ、わからないところは英語訳と比較しながら読みすすめていった。やっと、はじめて自分ひとりの力で中国語で書かれたSFを読み切ることが出来た。(これまでの未訳の中国SFは、英語訳*3か、翻訳のための下訳*4を介して読んでいた)

なお、私が読んだのは、『中国科幻銀河賞 作品精選集』の伍巻に収録されているもので、適宜参照しながら読んだ英訳版はコロンビア大学出版局から刊行された "The Reincarnated Giant: An Anthology of Twenty-First-Century Chinese Science Fiction" に収録されたもの(Petula Parris-Huang訳)。通しで12、3時間で読み切ったことになるのだが、果たして早いのか遅いのか。 

 

*1:中国科幻銀河賞とは、中国最大のSF雑誌『科幻世界』が主催する中国のSF文学賞のひとつで、プロアマ問わず、コンペ形式で順位を争うのが特徴。公募式のSF新人賞が長らく存在しなかった中国においては、この銀河賞で席次を獲得するのが登竜門となっていた。作品を発表する媒体が少なかった中国においては、広く読者に作品を読んでもらえる貴重な機会として捉えられている。先述の通り、プロアマ問わず腕を競い合うので、業界全体の活性化にも繋がっている。近年では中国政府の金も注入され、国を挙げた一大イベントへと成長している。

*2:本作は『三体』以後の、中国におけるSFブームの中で生まれた作品にあたる。ブームの中にあっては、SFらしいSFが求められ、高い評価を受けるであろうことは想像に難くない。

*3:例:劉慈欣『三体』「円」など

*4:韓松「暗室」、潘海天「偃師伝説」

2020年代を見据えて

2019年は非常にやり残しの多かった1年だった。学部最後の年なので当然と言えば当然なのだが。

ここでやってきたことを振り返って、2020年代にやりたいことも整理しようと思う。(珍しくブログらしい記事だ)

 

今年やりきったこと

特になし

 無念なり。

 

今年はじめたこと

SFウェブジン『科幻万華鏡』の立ち上げ

 来年以降は東北大SF研ではなくこっちをメインにしていきたい。(学部から大学院に移るので)

いわゆるVtuber活動

 理玲ちゃんは自分の理想とするSFファン。これからもきっちり応援していきたい。

SFイベントの企画の主催・登壇

 京フェスで『東北大SF研、大いに中国SFを語る』という企画を主催し、自ら話すことに。知見を共有出来て楽しかったので、今後も機会を見つけてSFイベントで企画を持ちたい。

 

やり切れなかったこと

東北大SF研インタビュー企画(教授と某氏)

 私の恐るべき怠慢によって今年も出来なかった。さっさとやりたい。

中国SF翻訳(韓松「暗室」)

  流石に卒業を目前に控えて時間がなかった。早めに訳稿を完成させたい。

 

来年以降やらなければならないこと

学部卒業

 卒業したい。(切実)

研究(物理学)

 大学院に入って本格的に研究がはじまるので、言わずもがな。専門は素粒子物理学加速器科学、高エネルギー物理学。特にILCのシミュレーションになる予定。

研究(SF)

 星新一筒井康隆円城塔と、中国SFの研究が中途で止まっているので、そっちも趣味で進めていきたい。

 休日にすこしずつでもいいから、くれぐれも心を壊さぬようにとのことだったので、それにしたがって着実にすすめていきたい。

shiyuu-sf.hatenablog.com

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中国のSF雑誌『科幻世界』への伊藤計劃円城塔に関するガイドの寄稿

 中国では伊藤計劃の人気がなく、円城塔も「ダクソじみた死にゲー」扱いされているらしい。そこで「円城塔の直接の後輩で、円城塔伊藤計劃を絡めて二人一緒に解説文書けるんだけどいかが?」と中国最大のSF雑誌『科幻世界』に売り込んでみたところ、とりあえずその文章を日本語で書いて送ってほしいとの回答を得た。書く気はあるのだが、報酬が確定していないためずっと後回しになっている。(もしこれで商業デビューしたら、中国でデビューした謎のSFライターということになる)

伴名練の作品の中国向けの紹介文の執筆

 縁あって、北京在住の、SF専門の日中翻訳者の中国人大学生と知り合った。その人から最近の日本SFの必読級作家を聞かれ、「伊藤計劃円城塔、小川哲、伴名練」の4人を挙げた。この中でも、先方が特に興味を持ったのが伴名練だったのだが、中国からだと伴名練本人についてはおろか、伴名練の作品のどこが素晴らしいのかもわからない状態らしい。そこで作品紹介・解説文を書いて欲しいとの話になったのだが、忙しくて後回しになっている。

お仕事?

 なにをするにも、私本人のメディア力(政治力?)が必要だと思った一年だった。日本でも中国でも、商業でのお仕事をはじめていきたいです。

未訳SF紹介Ⅲ「暗室」(韓松)

書籍情報

作者:韓松

形態:中篇~中長篇小説(日本語で4万字ほど)

 

あらすじ

語り手である「ぼく」は、かつて発生したある出来事の調査を行うために、ピンカス谷を訪れた。そこには、赤子どころか、胎児の骨と思われるおびただしい数の人骨が山積していた。「ぼく」は痛ましい出来事に胸を痛めつつ、当時を知るアルファ氏という老人の元に向かった。

アルファ氏は、「ぼく」にアルファ氏自身が胎児であった頃の記憶を語る。胎児たちは、相互通信可能な電磁的なネットワークをもっており、大人たちの社会からは独立した、高度な社会を構築していたのだ。そしてついに大人たちの社会が胎児たちの社会が存在することを認識し、人類は史上はじめて他の文明世界との接触を果たすのだった......。

 

作者紹介

1965年生。新華通訊社新華社通信)の記者・編集者として勤務するかたわら、創作を続けている。その取材経験を活かした風刺や政治批判を得意とする。

代表作に「紅色海洋」、「地鉄」、「美人狩猎指南」など。邦訳作品に「セキュリティ・チェック」、「再生レンガ」、「水棲人」。

全体的に独特の読みづらさをもつ中国SF界の中でもひときわ読みづらく、その読みづらさに起因する高い中毒性をもつ作家。読みづらさの原因としては、中国国内の政治的な問題が作品のテーマとなっていることや、晦渋極まる文体、難解な表現などが挙げられる。また、中国のSFは、難解で重苦しい主題を扱いたがる傾向*1にあり、韓松の作品はその最たる例と言える。

中国のポストモダン文学といえば、まず莫言、二三歩下がって韓松といった感じで、中国のポストモダン文学を代表する存在として純文学界隈からも知られている。

 

作品紹介

この作品で展開される社会や文明の描写は、総じて陰惨で混沌としたものであり、読んでいて血沸き肉躍るというような類の作品では決してない。しかし、この作品で描かれた社会を読んだとき、急速な発展を遂げた中国社会を想起せずにはいられないのも確かなことだ。

基本的に、中国色が濃すぎるあまり外国人には理解出来ないことが多い韓松の作品にあって、本作は社会に対する強烈な批判精神が、かえって外国人である私にさえも作中の悲惨な描写に嫌悪感を覚えさせるほどに作用している。

本作は、一般にSFとしてだけの価値で測ればそこまで重要な作品ではない。しかし、韓松の豊富な批評精神、社会に対する強烈な問題意識、それを実現するための陰惨な文章表現、そしてそれらをSFに織り込んで語る手法などにおいて、韓松の創作の姿勢を体現した非常に重要な作品のひとつである。現状、韓松の邦訳作品が3作と少なく、またどれも比較的理解しやすい作品であり、本質的な“理解しにくさ”からは離れた作品であるため、本作は韓松の本質的な特徴を日本に紹介するにあたっては非常に重要な位置を占めると考える。

 

翻訳とその入手方法について

天津一と下村思游の共訳による「暗室」の訳文は、東北大学SF・推理小説研究会の機関誌『九龍』第3号(刊行時期未定)に掲載される予定。本業を優先するため翻訳は座礁中。

 

shiyuu-sf.hatenablog.com

 

 

*1:これには、中国においてSFが長年にわたって子供の読み物扱いされてきたことに原因があると考えている。これを払拭したのが劉慈欣の「三体」であり、韓松の作品群であった。

「SF小説」

小説というものについて考えている。今年、ある人と出会い、直接に話を交わして以来、私は読み手としての立場を強く意識するようになった。

書き手を志していたころも確かにあったが、読み手として円城塔筒井康隆伊藤計劃星新一、イーガン、チャン、そして伴名練を読むうちに、自分の書き手としての力が彼らに遠く及ばないものであるということを深く理解するようになった。

私が書き手になることをあきらめる明確なきっかけになったのが、伴名練の「延命小説」だった。過去の文章で示した通り、私はこの「延命小説」を書くための材料を誰よりも深く知っていたのに、伴名練に書かれるまでそれらがSFになると気づけなかった。これは明らかに書き手としての才能が欠けていることを意味する。

また、伴名練は、「延命小説」で“SF”の改修者としての立場を明らかにしたが、所詮伴名練も命に限りのある人間であり、いつかは死んでしまう。そしてSFの改修も止まる。

では、読み手としての私はなにをすればいいのだろうか。

 

私は、常に新しいSFを供給し続ける小説自動生成機関を開発している。私が死んでも、みずから学習を続け、常に新しい時代に即したSFを書き続けてくれる理想の作家の開発だ。

現在の技術では到底不可能だが、機械学習による自然言語処理が発展していき、人間性の聖域たる創造という行為が否定される様を、私は見たい。

私はやってみようと思う。“円城塔”も“伴名練”も出来ないような物語の創造を。物語を創造する“物語”の創造を。

私の手を離れ、なにからも自由で、ひとりでにSFを書き続ける小説があったとするなら、それこそ真のSFというにふさわしい。

 

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伴名練「延命小説」の解説その他の文章

この文章は『文學界』2020年12月号掲載の伴名練のエッセイ「延命小説」の解説と、私の個人的な感想の入り混じった文章になる。

まず解説から行っていく。

結論として、私はこの作品を伴名練の最高傑作であると考えている。なぜなら、この作品が完璧なSFであり、私が『なめらかな世界と、その敵』までの作品をすべて読んだ上で弱点だと考えていたふたつの事柄に対して、明らかにみずからの弱点を理解した上でその回答を示してくれたからである。

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テッド・チャン「大いなる沈黙」に関する同人訳者覚書

昨年の10月、東北大SF研の部会において、私はテッド・チャンの「The Great Silence」という短篇を翻訳して紹介した。以下の文章は、その際の訳者解説である。

 「絶滅寸前のオウム」と「アレシボ天文台」という、地理的に隣接しつつも全く共通点の見えない題材から、チャンは魔法のように鮮やかな筆致で、思いもよらない共通点を描き出してしまう。大変短い作品だが、チャンの醍醐味を味わうことの出来る傑作であると言える。
 自らの滅亡を悟ったものが、科学的根拠と結びつけてそれを示唆する、という展開は某名作に共通するが、悟りと示唆のプロセスに焦点をあてた当該作とは異なり、本作ではその伝達のプロセスに焦点があてられる。
 「ヨウムのアレックス」「オウムのコンタクトコール」「アレシボメッセージ」という科学的根拠から、チャンは「いい子でね。愛してる。」という言葉を導き出す。表では人間への諦観と慈愛を、裏では「静かにしないと、こうなるからね」という諫言を表した言葉だ。(訳者としては本来はばかるべき言動ではあるのだが、この一言こそ、SF史上最高のメッセージだと思う。)
 作中で語り手のオウムは人間の想像力を讃えていたが、真に讃えられるべきは、我々のような凡百のそれではなく、チャン自身のそれであるべきだ。

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伴名練「ゼロ年代の臨界点」に関する補足解説

東北大SF・推理研バーチャル会員である卜部理玲が、伴名練のSF作品集『なめらかな世界と、その敵』に関する1万字におよぶ文章をnoteで公開している。

note.mu

これらの文章はおおむね満足いくものではあるのだが、1作だけ、「ゼロ年代の臨界点」に関しては読みが甘いと感じたので、補足しておこうと思う。

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